おじいさんの童話  .



                                   昭和レトロ親父 さん 



() 金木犀の灯り  .





 長い夏が終わり、ようやく秋が来ました。

田んぼの稲穂は色づいて、重く垂れて来ました。

畦に、曼珠沙華が列のように連なって咲いています。

もうところどころ色あせたものもあります。

そんな色あせた曼珠沙華を見てると、何だか寂しい気持ちになりました。

「寂しいなあ。秋になるとどうして寂しくなるのだろう。」

おじいさんは、空を見上げました。このところ寂しくてならないのです。

おばあさんが亡くなって、ずっと独りきりでした。

高い鰯雲を見てるとまた寂しい気持ちになってきます。

 そのとき、見上げてた鼻先に金木犀の香りがして来たのに気がつきまし

た。

「おお、もう金木犀が咲き始めたのか」

おじいさんは、どこから漂って来るのか、辺りを見回しました。

すると、どうやら前に行ったことのある小さな神社のある森の方からだと

思いました。

遠くからもその金木犀の木がかすかに見えました。

椎や楠のうっそうと茂る中に、遠目に花らしきオレンジ色が見えました。

四、五メートルはありそうな、大木の金木犀です。

 田んぼの畦道を抜けて行きます。

露草が秋の青空の欠片のように、深く澄んだ藍色をして咲いています。

先ほどよりも、もう金木犀の香りがはっきりと漂って来ました。

「ああ、やっぱりここだったんだ。めったにここらに来ないからなぁ。」

おじいさんはゆっくりと、香りを吸い込みながら近づいて行きました。

そこは神社の脇から入って行った奥にありました。

おじいさんは、まず、お参りを済まして入って行きました。

金木犀の大木に、その眩しいほどに咲き誇っている金色に、目が洗われる

ようでした。

「見事な金木犀じゃ…。」

ゆっくりと深い深呼吸をするように、香りを楽しみます。

目をつむると、まぶたの裏が金色です。胸の中まで金色に染まる思いです。

そのとき、おじいさんを呼ぶ声がしました。

「おじいさん」

目を開けて声のした金木犀の木の根元の方を見ました。

でも誰もいません。太い根っこなだけです。

「おじいさん」

また呼ぶ声がしました。

どうやら木のうしろから呼んでるようです。

おじいさんは落ち葉を踏みながら近づいて行きました。

すると、根の近くからひょいと顔を覗かしてにこにこと、可愛い小さな子

供が姿を現しました。

赤ん坊よりも一回り小さいほどの子供です。

でも、男の子は真っ黒なコートを着ていて、顔も手も真っ黒です。

おじいさんは驚いて、首だけ伸ばすようにして見つめました。

そして、一体この子はどこからやって来たのだろうかと思いました。

こんな小さな子供は知りません。何もかも不思議に思えるのでした。

驚いたのは顔やコートから覗いてる手足の色だけではありません。目が、

金色をしていたのです。

その大きな金色の瞳を輝かせて、「おじいさん、ようこそ。」と小さな男

の子は、人懐っこく挨拶するのでした。

そして、おじいさんの傍に来ると、おじいさんを見上げながらこう言いま

した。

「おじいさん、もう寂しいことはありませんよ。」

おじいさんは、おかしなことを言う子だなと思いました。

そして、今の自分の心を知ってることにとても変に思いました。

『ほんとに一体ぜんたいこの子は誰なんだろう…』

おじいさんは夢を見てるのではないだろうかとさえ思ったほどです。

辺りに誰もいないことが、さらにそう思えるのでした。

 どのくらい時間が過ぎたのでしょう。

遠く、小学校の下校時を知らせるチャイムが聞こえてきて、おじいさんは

「はっ」としました。

が、これは夢ではありませんでした。もう夕暮れ近くなっていました。

急に何だか心細い気持ちになって来ました。

というのも、午後に散歩に出てからだいぶ歩いて来たようです。

道は覚えてるものの、秋の日暮れはあっと言う間です。

 そんな顔を見つめていた男の子は、おじいさんの不安な心を察したよう

に言いました。

「おじいさん、ちょっとお待ちくださいな。」

そう言って、男の子は素早く金木犀の木にするすると身軽に上って行きま

した。

上ると、咲きぶりの良い小枝を一本折りました。そしてそれを持って降り

ると、おじいさんに渡しました。

「おじいさん、これをどうぞ灯りにお持ちください。」

差し出された枝を見て、『全くおかしなことを言う子だよ。』と思いなが

ら、怪訝な気持ちで手にしました。

するとおじいさんが手にした途端に、ピカピカとランプのように灯りが点

ったのです。

「はああ…」

おじいさんは点った灯りの、小粒ながらもその明るいことに、その美しさ

に目を奪われました。

まるで小さな眩い星々を束ねた灯りのようです。

 

 「さようなら。おじいさん、どうかいつまでもお元気で。」

もう薄暗い中に、森全体が暗く、黒い男の子の姿はまるで見えません。

「さようなら」を繰り返す声がだんだん遠くに小さくなります。振り返り

つつ、おじいさんは家へと歩きました。

その小枝は実に明るく足元を照らしてくれる灯りでした。

来た道を迷うことなく、何だかとても早く辿り着くことが出来ました。

家に帰るとおじいさんは、その小枝を花瓶に挿しておきました。

もう、灯りは点いていません。ただの金木犀の花です。

 おじいさんはその夜、ベッドの中でぼんやりと今日の不思議な出来事を

思い出していました。

あの真っ黒な男の子はどこの子だったのだろう。」

「神社には神主さんの住居はないし…」

「世の中には不思議なわからないことがあるものだよ」

 おじいさんは、『もしかしたら、あの大木の金木犀の主ではあるまいか。』

と思いました。

そうしていつしかウトウトと眠りに着くのでした。

その晩、夢を見ました。昼間の男の子の夢です。

男の子が、おじいさんに何か言いました。

「あのときは、本当に助かりました。おじいさん、ありがとうございまし

た。」

おじいさんは、そこでパッと目を覚まして飛び起きました。

その男の子が夢の中でいきなり猫になったからです。

「そうか。そうだったのか!」

「真っ黒な男の子は、あのときの黒猫だったのか…。」

 それは、夏のある日、神社の傍で、具合でも悪いのか、疲れてるように

じっとしている黒猫を見かけたのです。

それでおじいさんは、隣町にあるペットフードのお店まで行って、食べそ

うな餌を買って来て傍に置いといてあげたことがあります。

今そのことを、天井の木目を見つめていて思い出したのです。

木目がそのときの猫の姿に見えました。

夜更けのベッドに、隣の部屋のテーブルに活けた金木犀の香りが漂って来

ます。

 

 

 あのときの黒猫がまだ生きているのか、それとも精だったのか、それは

わかりません。

翌日、おじいさんは見に行って来ました。

けど、もうあの男の子に出逢うことはありませんでした。

裏に回って声をかけても、もう二度と目の前に姿を現すことはありません

でした。

寂しい気持ちに襲われました。と同時に男の子の言った言葉を思い出しま

した。

「おじいさん、もう寂しいことはありませんよ。」

そして、ほんとうにそれは、これまでのような寂しい気持ちにはなりませ

んでした。

明るい前向きな気持ちに変わったのです。

おじいさんは、胸の中に金木犀の灯りがポッと点ったように思いました。

寂しい気持ちになると、胸がいつも、あたたかい気持ちになるのでした。

 

 

                             おわり










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