杢太郎の、Short Story


                                         杢太郎 さん 


第一話


「いらっしゃい。」

扉を開けると、耳慣れたマスターの声がした。

「あら?、あーさん、お久しぶり!。」

まだ時間が早く、店内には奥の方に一人、客が居るだけだ。

カウンターの席に座り、辺りを見渡して、相変わらずの店の様子に一息を

付く。

「どうしたの?、浅草くんだりまで出張って来て、男アサリは卒業したん

じゃなかったっけ?。」

出されたおしぼりで、俺は顔を拭った。

「男には忘れたい事が有るのさ。」

「そう…、ボトル、ちゃんと取って有るわよ。」

俺は、出されたバーボンを一気に飲み干した。

 

やがて、店は徐々に立て込んできて、店内は年配の客で賑やかに盛り上が

ってきた。

俺の隣にも、入れ替わり立ち替わり、男が来ては声を掛けてくる。

しかし、今夜の俺は酔いたいのだ。

何もかも忘れて飲みたいのだ。

いい加減にあしらう俺に見切りを付けて、男達は皆、他の席へと移動して

行く。

 

「あーさん、いくら何でも飲み過ぎよ!、そろそろ切り上げなさい。」

気が付くと、既に閉店時間が近づいていた。

周りを見渡すと、奥に客が一人残っているだけだ。

俺は酔って定まらぬ目を凝らしてその男を見た。

「…あの男、来た時から居なかったか?。」

「え?、ああ、あの方ね、何時もは二三杯飲んですぐ帰るんだけど…今夜

はどうしたのかしら?。」

「ふ~ん…。」

俺はふらつきながら止まり木から降りて、男の方へ近づいた。

「ねぇ、あんた。」

俺が声を掛けると、男はグラスを置いてこちらを向いた。

六十年配か…サラリーマンじゃ無さそうだが、人品卑しからぬ佇まいだ。

「俺が抱いてやろうか?。」

慌ててマスターが駆け寄る。

「ちょっと、あーさんってば、失礼よ!、ご免なさい、この人、悪酔いし

てるのよ。」

「うるさい!俺は酔ってなんかいない!…あんた、溢れたんだろう?、俺

が可愛がってやるよ。」

そこまで言って、俺は限界を超えた。

周りがぐらぐらと揺れて、俺は意識を失い、男の胸に倒れ込んでいった…。

 

…俺は揺れている。

夢かうつつか、全てが混沌とした中で…俺は揺れている。

遠くで…あいつの声が聞こえる。

『…大丈夫だよ、大丈夫だから…』

俺を置いて逝かないでくれ!。

たのむ、たのむから…。

俺を…俺を連れていってくれ!。

叫んでも、叫んでも、あいつの声は遠ざかってゆく…。

俺はあいつの名を必死に叫んだ!。

叫んで…叫んだ自分の声で、俺の意識は徐々に現実へと戻って来た。

 

俺はまだ揺れている。

誰かの息遣いが耳元に有る。

「大丈夫だよ、大丈夫だから、儂に任せなさい。」

男の低い声が心地よく響く。

ーあいつの声じゃない…ー

俺は、柔らかな体毛に抱かれて揺れていた。

伸し掛かった男の熱い物が俺の秘肛を貫ぬき、緩やかに突き上げて、俺の

何かを変えようとしている。

肉の奥底から沸き上る様な激情が俺の心を激しく揺さぶって、知らぬ間に

涙が溢れてきた。

「あんた、何もかも忘れさせてくれ!。」

男は体勢を変え、俺の足を抱えて再び貫いた。

「ああ、忘れさせてやる。」

男の律動は俄に勢いを増し、俺は男の胸にしがみ付き、泣きながら欲情の

淵へと落ちていった……。

 

眩しい…。

少し開いたカーテンから差し込んだ陽射しで目が覚めた。

そこはホテルのベッドの上だった。

「少しは気が晴れたかい?。」

あの男の低い声が囁いた。

男の胸の中で眠っていたのだ。

暖かな掌が、俺の背中をゆっくりと撫でている。

「悲しい事が有ったんだね…。」

見上げると、優しく包み込む様な瞳が俺を見詰めていた。

「良かったら…君の名前を教えてくれないか?。」

俺の頬に唇を寄せながら、男は続けた。

「俺の名?、俺の名は……。」

 

旅は…また始まるのだろうか?。

 

   ーおわりー








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