杢太郎の、Short Story


                                         杢太郎 さん 


第三話


その夜は風も凪いで、埠頭に波の寄せる音さえ聞こえない。

立ち籠めた夜霧が辺りを白く曇らせ、街灯は淡く滲んでいる。

俺は無数に立ち並んだコンテナの影に身を潜め、奴が現れるのを待ってい

た。

 

ロレックスの針は、間も無く午前零時だと告げている。

ジャンパーの背に隠したバックサイド・ホルスターから、使い慣れたH&

KUSPを抜き、マガジンの装弾数を確かめる。

9mm弾が15発、奴をしとめるには十分だが、念の為に用意した予備のマガ

ジンも確かめる。

スライドを引いて薬室に弾を送り込み、セフティーレバーをONにしてホル

スターに戻した。

 

暫くして、一台の車が停泊中の貨物船に近づいて来た。

霧の所為で定かではないが、黒いベンツのようだ。

奴の車か?。

俺は暗視スコープを取り出し、その車に照準を合わせた。

グリーンに染まった視界の中、運転席のドアが開いて一人の男が現れた。

見覚えの有るバーバリーのトレンチコート、奴だ!。

奴への怒りで、俺の奥歯が悲鳴を上げる。

 

   ー 3時間前

 

俺は奴の裸体を正面から抱いていた。

ベッドサイドランプで赤みを増し、艶やかに熟れた白い肌、老いを感じさ

せないしなやかな筋肉、すらりとした脚が俺に纏わり付く。

危険な男だと判ってはいたが、深く沈んだロシアンブルーの瞳が、俺の防

御本能を狂わせていた。

俺は猛った物で引き締まった双丘を蹂躙しながら、奴の薄い唇を奪う。

「あぁ…。」

奴は俺の唇から逃れて、甘い吐息を漏らした。

俺は奴の白髪を掴んで引き寄せ、強引に舌を捩じ込む。

噛み付くようなキスを繰り返し、蛇の様に絡み合いながら、俺達は絶頂へ

と駆け登って行った…。

 

「データはこのメモリーにコピーしてある。オリジナルは消去済みだ。」

奴は全裸で横たわる俺に、メモリーケースを放ってよこした。

「これで、もう君とも会う事は無いな…、楽しかったよ。」

奴はコートの襟を立てながら独り言の様に言った。

俺は部屋を出掛けた奴に近寄り、軽くキスをする。

「俺も楽しかったよ。」

それは嘘ではなかった。

極上の男を手放したく無い未練が、俺の胸をナイフの如く痛めつける。

金の入ったスーツケースを下げ、奴は少し微笑んでからドアを閉めた。

メモリーのデータが偽物だと分かったのは、本部に帰って分析してからだ

った。奴は他の組織にデータを売るつもりだ。

どの組織かは見当がついていた。

そして逃走経路もだ。

 

 

貨物船から数人の外国人がタラップを降りて来た。

全員がマシンガンを携帯している。

『くそっ!これでは動けない。』

本部から応援を呼ぶ時間も無い。

その時、俺の後方で銃声が響き、被弾した外国人の一人がアスファルトに

叩き付けられるのが見えた。

新手の敵か!、銃を抜いてセフティーレバーをOFFにする。

何処から撃っている!?。

狙撃手の位置が特定出来ない今、俺の存在が気付かれていない事を祈るの

みだ。

男達は奴を庇いながらマシンガンを乱射している。

奴らも狙撃手の場所が特定出来ていないのだ。

又一人被弾し、岸壁から海へ転落して消えた。

どうやら遠距離から狙撃銃で狙っているようだ。

残った男達は乱射を繰り返しながら船へと後退してゆく。

遠くにパトカーのサイレンが聞こえてきた。

銃声が止み、貨物船がゆっくりと岸壁を離れてゆく。

『しまった!奴に逃げられる!。』

思わず船に駆け寄ろうとした俺の鼻先に、狙撃銃を持った男が飛びだして

来た。

男は船の方に気を取られている。

俺は背後から忍び寄り、銃の台尻で男を眠らせ、狙撃銃を蹴り飛ばした。

「動くな。」

聞き覚えの有る声が後ろでして、首筋に冷たい銃口の感触がした。

「貴様、船に乗って居なかったのか!。」

「ここへ来たのは取引の為だけだ。さぁ、車に乗れ。」

奴は銃を突き付けたまま、俺を助手席に押し込む。

「俺をどうする気だ。」

「安心しろ、データはまだ私の手の中に有る。」

「なに!?。」

「売ったデータはオリジナルのコピーだが、ちょっとしたギミックが仕込

んであってね。読み込もうとしたとたん、ウイルスが発動してお釈迦って

寸法だ。」

「ふざけやがって!、貴様はもうお終いだ、逃げ切れっこ無い!。こんな

危険まで犯して、そんなに金が欲しかったのか?。」

「老後の資金がいるんでね。」

いきなり鋭い痛みが首筋に走る!。

何時の間にか奴の手には注射器が握られていた。

俺は奴に掴み掛かろうとするが、手は空を切り、急激に意識が遠のいてい

った……。

 

 

……波の寄せる音がする…俺はまだ埠頭に居るのか?。

いや…何だか明るい…。

まだぼんやりとした視界の中、素肌に白いシャツを羽織った奴が居る。

「良く眠れたかい?。」

波の音は明け放れた窓の向こうから聞こえてくる。

「ここは何処だ?。」

「誰も追ってこない所さ。」

奴は側に来てベットの中で俺を抱いた。

シーツの他、俺は何も身に付けていなかった。

「データは君の退職届と一緒に送っておいたよ。」

俺は奴を撥ね除けて起き上がった。

「どういう事だ?。」

「私と君は、血生臭いビジネスから引退して、ここで老後を静かに過ごす

のさ。」

「何だと…!?。」

俺は奴を押し倒し、あのロシアンブルーの瞳を見詰めた。

「…全部、貴様の計画だったと言うのか?。」

「ああ、そうだ、私を追って港に来ると信じていたよ…一緒に暮らそう、

いいだろう?。」

『…こんちくしょうめ!。』

俺は、返事の代わりに奴の身体を力一杯抱き締めた。

 

おわり








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