杢太郎の、Short Story


                                         杢太郎 さん 


第四話


それは突然にやって来た。

 

晩春の朝、私は朝飯を終え、居間の座椅子に胡座を掻いて、妻が入れた緑

茶を啜っていた。

猫の額程の小さな庭に、何処からか小鳥が飛んで来て、長閑に囀っている。

『そろそろ半襦袢に換えんといかんなぁ…。』

私は袂から煙草とライターを取り出しながら思った。

ふと座卓の上を見ると灰皿が無い。

「お~い、灰皿を持って来てくれんか。」

台所の方から返事がして、暫くすると妻が灰皿を手にして現れた。

妻は灰皿を置くと、私の向かいに座り、座卓の上の茶菓子入れから金平糖

を一つ摘んだ。

「ねぇ…あなた。」

私は喰わえた煙草を手に戻し、妻を見る。

「なんだ?。」

妻は指先に菓子を摘んだまま、視線を縁側へと逸らした。

「別れましょうよ…あたし達。」

私は呆気に取られた。

「今、なんて言った?。」

「あたし達、もう老い先短いでしょう?、子供達も独立しちゃったし、そ

ろそろ別れて、お互い自由に暮らしても良い頃だと思うの。」

「な、何を言っているんだお前は!、頭でもおかしく成ったのか?。」

「何も離婚しようなんて言ってる訳じゃないのよ、一つ屋根に暮らすのは

止めようって言ってるの。」

「バカバカしい、それじゃあお前、ここを出て、いったい何処へ行くと言

うのだ!。」

妻は金平糖を口に放り込んで言った。

「小山さん家へ引っ越すわ。」

「なに!?どうして小山の所へなんか…まさかお前、小山とデキていたの

か?。」

「まぁ~嫌だ、小山さんとデキてるのはあなたの方でしょ?。」

私は顔から血の気が引いてゆくのを感じた。

「あなたがホモだって事、あたしが気付かないとでも思っていたの?。」

「!……。」

吹き出した冷や汗が腋の下から滴り落ちる。

「あたし、あなたがホモだから一緒に暮らすのが嫌になった訳じゃあ無く

てよ。ただ…私だってまだ枯れちゃった訳でもないし、かまってもくれな

いあなたとこの家で二人きりじゃ、これから先、淋しいじゃない?。」

「どうして儂が…その、なんだ…。」

「ホモだって判ったのかって?。」

「そ、そうだ。」

しまった!、不覚にも、私は自分がホモだと認めてしまったのだ。

「あなた、ホモ雑誌を自分の部屋のベットの下に隠したまま忘れてたでし

ょ?。毎日シーツを換えているのはあたしなのよ、気付くに決まってるじ

ゃない。」

「…しかし、なんで儂と小山がそんな…。」

私は幾分開き直って、腕を組みながら言った。

「この間、小山さんの奥様から相談を持ち掛けられたんだわ。あなたとご

主人の関係がどうもおかしいって。」

「……。」

「言われてみればそうよね~。幼なじみで大学までずっと同じ学校、同じ

会社、その上、定年退職したあとも、毎週の様に落ち合っては二人だけで

何処かに遊びに出掛けてるなんて、いくら親友にしたって、あんまり仲が

良過ぎるわよね。何故今まで気付かなかったのかしら?。」

「むむっ…。」

私は二の句がつげないでいた。

「あたしはとっくの昔にあなたがホモだと知っていたから、あなた達の関

係がやっと飲み込めたって訳なんだわ。」

「お、幼なじみって、大体そんなモンだろ!。」

「まぁね、こんな事して無ければ、そんなモンかも知れないわね。」

妻はそう言って、袂から一枚の写真を取り出して座卓の上に置いた。

「あっ!。」

私は思わず仰け反り、危うく後ろにひっくり返りそうになった。

そこには温泉で湯につかり、抱き合ってキスを交わしている私と小山の間

抜けな姿が写っていた。

「ど、何処でこんな写真を!…お前、探偵でも雇ったのか!?。」

「そうよ。でも、露天風呂でキスするなんて、あなた達って脇が甘過ぎる

わよ。たった一週間の調査でバレちゃった。お陰様で費用も安く済ませて

頂きました。」

「……!。」

「他にも、もっと凄いのが有るのよ、見る?。」

「分かった!、もういい。」

私はライターで煙草に火を着けようとして、手に有った筈の煙草が、何時

の間にか畳の上に転がっているのに気が付いた。

「それで、いったい儂にどうしろと言うのだ。」

行き場所の無くなったライターを懐に仕舞いながら言った。

「ですから、離婚じゃなくって、別居って事で。」

「別居?なんだそれは!。」

「だって、離婚するとなると、ほら、財産とか年金とか、他にも色々面倒

でしょ?。老後の資金の問題も有るし…それに、世間体とか、子供達に説

明もし辛いじゃない?。あなたがホモだから別れただなんて、とてもあた

しからは言えないわ、そうでしょう?。」

「……。」

「それで小山さんの奥様と相談した結論が…。」

妻の話があまりに長々と続いたので要約すると、私達と小山の夫婦は、表

面上は今まで通りのままで、実際は私の家に小山が移り住み、私の妻は小

山の家で彼の妻と暮らすと言うものであった。

「な、何ぃ!、じゃあ儂の世話はどうするのだ。儂は家事など出来んぞ!、

やる気も無い!。」

「あら、大丈夫よ。小山さんって、お料理もお洗濯もお掃除も、何でも出

来るんですってよ、なんて羨ましいんでしょ!、それに比べたら…。」

「ああ、もういい!、くどくど言うな!。」

と、そこへ玄関の方から引き戸を荒々しく開け閉めする音が聞こえ、バタ

バタと廊下を走る音がしたとたん、大きな音と共に、まるで地震が起きた

かの様に家が揺れた。

それから少し経って襖がバタンと開いた。

戸口で呆然と立って居るのは、ぜいぜいと息を切らした小山であった。

額には廊下の柱にでもぶつけたのか、赤いたんこぶが出来ている。

「まっ、大丈夫ですの?。」

妻は吹き出すのを堪えながら言った。

「は、はい…。」

小山は小太りの身体を縮こまらせ、ポケットから取り出したハンケチで額

を押さえながら、面目無さげに頭を下げた。

「どうやらあたしはお邪魔のようですから、ちょっと小山さん家で奥様と

今後の事をお話しして参りますわ、小山さん、どうぞごゆっくり。」

「は、はぁ…。」

 

妻が去ったあと、私と小山は無言で相対していた。

静けさを取り戻した部屋に、小鳥達の囀りが聞こえて来る。

小山は正座して、所在無さげに俯いている。

私は畳の上から煙草を拾い上げ、火を着けながら、人の良さそうな小山の

(たんこぶ付きの)顔を見やった。

「…お前、儂と暮らす気は有るのか?。」

「えっ?…ああ。」

小山は顔を上げ、少し微笑んで頷く。

「しかしなぁ、お前に儂の世話が出来るのか?。」

「出来るさ、こう見えても俺、家事は得意なんだぜ。」

小山に何時もの愛嬌の有る笑顔が戻って来た。

「そうか…、なら、こっちへ来いよ。」

私は煙草を揉み消して、側に来た小山を抱き寄せた。

「…駄目だよ。」

「構うもんか、もう誰にも遠慮は要らん。」

整髪料の香りがする小山の項に口付けをしながら、ポロシャツの下に手を

差し込み、汗ばんだ胸を弄る。

「あ…ん。」

乳首を探り当てると、小山はか細い声で喘いだ。

『可愛い奴だ…』

小山のベルトを外し、ズボンを脱がしに掛かった…。

「ちょっと忘れ物、あら?お邪魔してご免なさい。」

突然妻の声がして襖が開き、驚いた私達は、あられもない姿で抱き合った

まま固まった。

妻は箪笥から何かを取り出すと、何事も無かったかの様に襖を閉めて出て

行った。

 

 

   ーおわりー








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