杢太郎の、Short Story


                                         杢太郎 さん 


第五話



私は死んでしまった。

 

この夏は例年以上に暑い日が続き、某所では国内最高気温を記録。

私の住むこの街でも、連日の様に熱中症警報が発令され、犠牲者も多く出

ている。

熱中症の犠牲者には年寄りが多い。

年を取ると暑さを感じなくなり、汗も出にくいので、気付いた時には手遅

れに成るケースが多いのだ。

そう、私も又、熱中症の犠牲者の一人であった。

独り住まいのマンションの一室で、頑固に冷房を使わなかったのが原因で、

ソファーに座ったまま死に、誰にも気付かれる事なく一日が過ぎた。

それから暫くして、不意に意識が目覚めた。

『私は死んだのでは無かったのか?。』

いや、死んでいたのだ。

起き上がって、洗面所の鏡を見た瞬間に思い当たった。

 

私はゾンビに成って復活したのだ。

 

ゾンビ映画や小説などに寄ると、人がゾンビに変身した場合、思考能力が

奪われて、ただ食欲の本能のみが残る、とか。

しかし、私の脳みそは正常に動いている。

生きていた頃と同じ様に生活出来るのだ。

ただ違うのは、食欲が生きた人間の生肉へと向かう点だ。

それも、熟れた爺さんの肉にだけ食欲が湧く!。

世のゾンビ(私の他にゾンビが居ればだが)はどうかは知らぬが、私の好

む人肉に性別と年齢に制限が有る理由は、生前の趣向がそのまま反映され

て居るからだと思われる。

 

ゾンビの性(さが)か、時が立つに連れ、狂おしい程の食欲が私の思考を支

配してゆく。

 

「ああ…脂の乗った爺さんの肉が腹一杯喰いたい!。」

(※ニュアンスは違うが、似た様な台詞は生前もよく言っていた。)

 

そこで私は、街に出て餌を探す事にした。

しかし、このままの姿では目立ち過ぎる。

青白い肌は青いシャツを着て目立たなくし、血走った目はサングラスで隠

し、乾いてひび割れた唇にはリップクリームを塗って潤いを与えてみた。

鏡を見てみたら…おおっ!、結構イケルかも。

準備万端整い、私は真夏の街へと男狩りに出発した。

 

外に出ると、相変わらず暑く、午後の強い日差しが容赦なく降り注ぐ。

だが、既に死んだ身の私には、どうって事は無い。

行き交う人々が、茹だる様な熱波に虐げられ、よたよたと疲れ切った様に

歩く横を、私は涼しい顔で擦り抜けて行く。

 

さて、何処へ行けば、御馳走に有り付ける?。

病院?、いやいや、病人は不味そうだ。

それに、変なばい菌を移されて、食当りになったりするのも御免蒙る。

パチンコ屋とか競馬場はどうだ?。

ギャンブルに明け暮れ、煙草の脂が臭う不健康な男も、これまた不味いに

違いない。

…そうだ、寺とか神社はどうだろう?。

神社仏閣に集まる信心深いお年寄り、こいつは美味そうだ!。

ちょうど今はお盆時期、年配の美味しそうな男共が選り取り見取りに違い

ない。

早速地下鉄に乗り、この街で一番大きな神社へと向かう事にした。

 

駅から数分歩き、神社の入り口に有る古びた鳥居の前に立つと、街中に有

るにも関わらず、ひんやりとした空気が風に乗って流れて来た。

鬱蒼と茂った木々が広大な敷地を緑に染めて、鳥や蝉の鳴き声が、都会の

喧噪を一時忘れさせてくれる。

木々から発散された生物活性物質を胸一杯に吸い込むと、今はゾンビに成

ってしまった私でさえ、何だか生き返った様な、清々しい気分に成る。

とは言え、此処に森林浴に来た訳では無い。

本来の目的である御馳走探しをせねば腹は満たされない。

私は境内を彷徨き、餌の物色を始めた。

 

確かに美味しそうな熟年男子は彼方此方に居るのだが、如何せん、人が多

過ぎる。

これでは密かに食事を楽しむ、なんて事は出来そうも無い。

諦めかけたその時、林の奥の人目に付かない場所に有るベンチに、疲れた

様に座る一人の爺様の姿を認めた。

『しめしめ…。』

私はベンチの後ろへと音を起てぬ様に忍び寄った。

真後ろに立っても、爺様は気付いていないようだ。

綺麗に刈り上げた色白の項が食欲をそそる。

私は舌なめずりをして、爺様に襲い掛かろうと首に手を掛けた。

と、爺様はバッタリとベンチに横たわってしまった。

『えっ!、…まさかの熱中症かぁ?。』

私は慌てた。何故って?。

死んでしまった肉は喰えない、これがゾンビの鉄則だからだ。

爺様の手に触れてみると凄い熱だ。

顔を見ると、目を瞑り、浅い息を繰り返している。

『こりゃ拙い!、死んでしまう前にたとえ一口でも頂くか?。いや、まて

よ…ここは死なない程度に助けてやり、その後で全部頂いた方が得策だ。」

私はベンチに腰掛けて爺様の頭を膝に乗せると、ズボンのベルトを緩めて

やり、シャツをはだけて、片手を腋の下に差し込み、もう片方の手は後頭

部に当ててやった。

ゾンビの手は氷並に冷たい、当てた箇所から見る見る内に熱を奪い去って

ゆく。仕上げに凍る様な冷たい息を顔にそっと吹き掛けてやった。

 

…爺様の吐く息に、少しばかり力が戻って来たようだ。

異変に気付いたのか、何時の間にかベンチの周りには人集りが出来ていた。

その内の一人がスポーツドリンクを差し入れてくれ、それを爺様に飲ませ

ると、私の耳元で「ありがとう」と、か細い声で礼を言った。

すると、周りの人々に安堵の声が広がり、中には拍手をする者も居た。

『良かった良かった……って、ちょっと待て、私はいったい何をしている

のだ?。人助けをしてしまったじゃないか!。』

もしかして、これってゾンビに有るまじき行為ではないのか?。それに、

人がこんなに集まってしまっては、只の一口さえ、この爺様を味見するの

は不可能だ。

私はため息を付いて、膝の上の御馳走を見下ろした。

爺様は安心仕切った眼差しを私に向けている。

『ま、いっか、御馳走は他で探そう。』

諦めが早いのは、私が生きていた頃からの性分なのだ。

 

誰かが呼んだのであろう、救急隊が担架を持って駆けつけて来た。

笑止な事に、救急隊員は救護する相手を間違え、私を担架に乗せようとし

た。

確かに私の方が顔色は悪いのだが、今頃治療をされても、とっくに手遅れ

なのである。

 

ようやく日差しの陰り始めた道路を、御馳走を載せて走り去る救急車を見

送りながら、私はガックリと肩を落として居た。

どうやら今夜は空きっ腹を抱えて眠る事に成りそうだ。

まぁ、ゾンビなので、何も喰わずとも餓死って事は無いだろう。

…て言うか、そもそもゾンビって眠るのか?。

う~む、ゾンビって奥が深い!。

新米ゾンビの私、今後のゾンビ生活の為にも、家に帰ってネットで色々と

検索してみなければ成るまい。

などと考えている内に、何時しか腹の空いたのも忘れてしまった私は、夕

暮れに赤く染まった神社を後に、そそくさと家路を急ぐのであった。

 

                              おわり








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