愛欲の海



                                      もりつぐ さん 


(2)



紹介されたおやじと逢瀬(おうせ)を重ねました。大抵はマスターの知り

合いの店です。そのうち、おやじの知った店があるのが分かりました。新

橋の店です。感じのいい所が多いのは、人柄のせいでしょう。どこでも気

軽に声をかける。おやじはいつも笑顔です。

 

公務員の時に通った馴染みの店でした。おやじは元公務員。初めて知りま

した。厚生省を皮切りに、公安関係も含めて警察庁、最後は会計検査院で

した。知り合いも沢山います。

 

なぜ公務員になったのか。恥ずかしそうに答えました。父親が勧めるたか

らだそうです。

 

実力がなかったので、受かったのは、公務員中級でした。勉強すればもっ

と上に行けたのにと、残念そうでした。実家の飯塚市の家は豊かで、不自

由のない暮らしでした。それでも将来を考えて、父親が決めたのです。

 

話は前後しますが、子供のころ絵が好きだというと、さっそく画家を連れ

てきました。

もちろん父親ですが、その教師が優秀で、基本を丁寧に教えたそうです。

デッサンは、物を正確に把えることです。穴のあくほど見続けることです。

だんだん物は大きくなり、細部まではっきり見える。それが画家の第一歩

だそうです。

 

 

一年ほどたった日のある日、遂にいいました。分かっていたので驚きませ

んでした。

 

「お前を描く。裸になれ。」

 

すべて外し、ふんどし までとりました。時間にして約二時間のモデルで

した。

 

画家はじっと見ています。動いてもぜんぜんかまわないのです。

 

目が突き刺さるとは、このことだ。こんな経験は初めてでした。

 

最初で最後のモデルでした。頭に焼き付けたから、後は見なくていいので

す。

 

いつでも再生できる。それが画家のすごさです。

 

 初めての人の記憶

 

画家は、慎重に先まで考えて、物事を進める人でした。もちろん、私が初

めての人ではありません。かなり有名な映画俳優と付き合った経験があり

ました。

 

画家の目から見て、その俳優には、欠点がありました。おまえの身体(か

らだ)は、バランスがいい。どこをとってもいい。

 

その俳優には、欠点がありました。足の指の形が小さくて、バランスに欠

けている。

本人も気になっていました。二人でいるときには、毛布やバスタオルを、

掛けあげました。画家はよく気の付く、やさしい性格でした。

 

憶えているのは、俳優の事です。高島屋のそばの老舗のうなぎ屋が、実家

でした。

 

逢瀬を楽しんだ後、別れは辛かった。さよならが言えないのです。別れた

くなくて、ぐずぐしています。付いていきたいのに、入れない。

 

男同士の付き合いは、あくまで遊び。俳優はおやじを家に入れなかったの

です。

ちょっと悲しい話ですね。

 

 家族の一員

 

だから余計に、やさしくしてくれました。どこへ入っていい。居間も、書

斎も、寝室にも です。わざわざ断らなくていい。今日からお前は、家族

の一員だからです。

 

頭の先から足の先まで、着るものは、すべて揃えてくれました。裁縫の上

手な人で、ふんどしまで縫ってくれました。六尺の末端も、丁寧に縫い込

んであります。

 

寝間は20畳ほどの大きさで、書斎を兼ねています。すみに大きなダブルベ

ットが一つ。画家はそこでやすみます。私はベットの脇で寝るものと、決

めていました。

 

「馬鹿。こっちに来い。」

 

強い力でと引っ張られ、口づけです。格好のいい、おちょぼ口。もちろん

初めてのキス

です。身体は小さくても、腕っぷしは強いのです。剣道で鍛えた身体なの

です。

 

意識の中では、まちがいなく伴侶でした。だから、破格の扱いでした。

 

「粗末でもいいでも、ちゃんとしたものでないとな。わしがやらせてもら

います。」

 

亡くなった父母の想いを私に重ねていたのです。

 

新たなせがれのために。すべて揃えてくれました。着物から洋服まで。少

しずつ身の回りが変わっていきました。(つづく)




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