愛欲の海



                                      もりつぐ さん 


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 愛を左右するホルモンの話

 

愛を左右する物質は、本当にあるのか。最近の研究によれば、脳内ホルモ

ンの話でしょう。人体には、頭の先から足の指先まで、性感帯が備(そな)

わっています。皮膚は身体全部を覆い、セックスの喜びを、相手と自分に

伝える、伝達器官です。(以下省略)

 

愛撫は、身体を震わせ、心を満足させる手段なのです。セックスの快楽は、

性感帯の感度に比例すると換言できます。乳頭に触れただけで身体を震わ

せる人は、セックスの感度が抜群の人です。そばで寝て、おやじさんは、

抜群のセックス巧者だと思いました。

 

皮膚の接触は脳に伝わり、大量のホルモンが分泌され、気持ちよくなりま

す。二人の愛撫は、相互的なものです。性感帯を一人で刺激しても、快感

は大して高まらないのです。よろこびに震える相手の姿を見て、こちらも

打ち震えるのが、本当の愛の姿だといえます。

 

男性志向の強い人物は、セックスの敏感がいいといえます。自慰、マスタ

ーベーションの快感を知ったのは、7歳の時のことです。誰に教えられる

こともなく、白濁した精液がパンツを濡らし、驚いたのを憶えています。

性的な成熟は早かったといってよいでしょう。

 

おやじさんに聞いてみました。「儂(わし)か。おれも7歳か、8歳の時

だった。」母親にそのことを言うと、黙ってパンツを換えてくれました。

悪ガキに、センズリが気持ちいいと話す奴がいました。家では、その話は

タブーでした。父親が厳しかったからでしょう。

 

 おやじさんの身体

 

惚(ボケ)る前に、おやじさんの身体についても、書いておきます。身体

全部が性感帯の珍しい人でした。瞼(まぶた)、耳、唇、喉(のど)、ど

の部分も、刺激に反応ました。磨けば磨くほど、敏感になるです。おやじ

さんは言わなかったですが、すぐに分かりました。

 

キス、接吻のテクニックは、抜群でした。昔の恋人が伝授したものでしょ

う。軽い口づけから、舌を絡ませる本格的な接吻まで、内容は多岐で、そ

の都度変わります。キスが好きで、キスを大事にしていました。本当に好

きな人とだけやるの人で、徹底していました。

 

無我夢中で舌を絡(から)めたら、歯に当たって怪我をすることもありま

す。口内炎ができたと言って、内科の医師に診てもらうと、強い抗生物質

をくれました。医師は黙って薬をくれますが、本当の見立ては、細菌の感

染予防なのです。

 

おやじさんの裸体をまっすぐに見たことはありません。身体を合わせた時

見える、断片的な画像を並べてみて、全体像を浮かべました。小さい身体

で、載っかってくるのは、いつもおやじさんです。薄暗いランプの中に、

おやじさんの裸体が、浮かび上がります。

 

「なで肩」ではなく、衣紋(えもん)かけのような「いかり肩」でもない。

普通の形の肩です。魅力があります。胸には筋肉がついていますが、太っ

た関取型ではない。浅黒い象牙(ぞうげ)色は、白い肌とマッチして、実

に艶(なま)めかしく汗で光ります。

 

旅行は逢瀬(おうせ)で、身体を重ねたから、関係は深くなりました。お

やじさんの一番の性感帯は、やはり乳頭でした。次に尻の奥、肛門括約筋

の奥の奥。乳には触れただけで、快感が走る。ビリッと感じた時の顔が、

なんとも素晴らしくて、可愛いかったのです。

 

腋(わき)の下も、秘密の性感帯の一つです。瞼(まぶた)の皮に触れる

と、あっとうめく。秘所の一つでした。後ろの割れ目を舌でたどると、肛

門の入り口に達します。感に堪えない、よがり声があがります。どこを突

けばいいか。初心者には難しい課題でした。

 

 男のセックスは抜群

 

「男のセックスは本当にいい。」おやじさんは、そう感じ、そう断言しま

した。晩年は、好きな男と暮らす日々でしたから、思い残すことはなかっ

たはずです。筆を最後まで離さない人でしたが、最後に握っていたのは、

絵筆ではなくて、小型カメラでした。

 

気に入ったものや、風景を撮影しては、作品に反映させていきます。花で

も鳥でも、変わった色彩は、カメラで撮る。スケッチするのが面倒になっ

たからだと思いましたが、そうではなかった。5
Bとか6Bとかの鉛筆で、

素早く書く。その技は老いても変わらなかった。

 

丸い木の珠玉(たま)が目の前にあります。画用紙に素早く丸を書きまし

た。そして影をつける。10秒もかかりません。白黒の丸い球が目の前に

突然、現れました。対象を捉える二つの目は画家のものです。陰影をつけ

て、瞬時に立体感を出す。手錬の技でした。

 

裸の写真を、近くの写真屋に持って行きます。現像するのだといいます。

困ったが仕方がない。言い出したら聞かない人だからです。「もろ出しは

ダメです。」女店員に言われて、しょんぼり帰ってきました。だから言っ

たではないか。とても可哀想な気がしました。

 

愛欲の海には、様々な障害が待っています。それを乗り越えて、成熟した

関係にまで進めるにはどうすればいいのか。先の短いおやじさんです。も

っと深く知ればいいと、考えました。話を聞くのは面白いし、ためにもな

る。でも苦労を背負た人の人生です。

 

苦難の歳月には、若輩には分からない所があります。戦前、戦中を経験し

た苦労人のおやじさんです。悲惨や困難には、理解を超えるところが随所

にあります。それでも記憶をたどってみたいと思います。あんなに好きだ

ったおやじさんの話だからです。




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