愛欲の海



                                      もりつぐ さん 


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 出会いの不思議

 

人との出会いは、不思議なものです。おやじさんとの出会いも、偶然の産

物でした。60代後半の男と、50歳前半の出会いでした。20年以上も

昔の話です。その頃、人間関係の渦に巻き込まれてずいぶん酷(ひど)い

時でした。冷たい雨が降るある晩のことです。

 

行きつけの店は、年配ばかりの酒場。店主は青森の苦労人で、60代前半

の人です。当時、店は流行(はや)っていました。遊ぶには、皆、それな

りの理由があります。目立たない席を確保してくれたマスターの気配りが、

私には有り難いものでした。

 

付き合っていた爺さんが亡くなって3年目に入っていました。そろそろ次

の相手を見つけても、あれこれ言わなくなる頃です。昔の事は、知ってて

も言わないのが人情というものです。誰かと付き合えばいいにと皆が考え

る頃です。男の世界のやさしいところですね。

 

この世界にも、いい店の条件があります。気配りの効くマスターがいるこ

と。魅力的な年寄りがいること。この二つがはやる店の条件です。客寄せ

とは、相手のいない客の相手をする年寄りの事です。誰のものでもないか

ら、相手のいない客の相手ができるのです。

 

通って来る客が、いい人だと判断すれば、マスターが、面倒を見てくれて、

年寄りを宛(あて)がって、くれるのです。もてる年寄りも人ですから、

嫌いでなければという条件が付ますが。特にいやでなければ、適当に相手

をして、一晩遊んでくれるのです。

 

費用はこちら持ちですが、日替りの年寄りです。客が満足すれば、また来

て金を落してくれる。だから店にもいい。「三方良し」という日本の商慣

習なのです。男の店でその原則が生きているのは驚きでした。男の居酒屋

も日本のビジネスです。原則は同じでした。

 

ところで、見慣れない年寄りがやってきました。店主はその客を入り口近

くに座らせます。どうやら知った人はいないようです。主人が、その客の

話し相手になります。ほかの客との交流も始まります。ビールを注(さ)

したり注されたり。他愛ない会話も交わされます。

 

 見慣れない客の登場

 

若いのが好きなタイプの客のようです。新しい相手を探しにやってきたよ

うです。今付き合ってる年寄りが肌に合わない。最初はよかったが、今は、

うっとうしくて、仕方ない。贅沢な話ですが、もっと合うのをと、探しに

来たのです。たしかに、身勝手な理由ですね。

 

「少し通って来たら」とマスターはやさしくいいます。「いろいろ居るわ

よ。より取り見取りよ。あんたのタイプもね。」マスターが話しかけます。

気難しそうな年寄りが、ビールを注ぎに回っています。仲間に入れてもら

うには、まず、顔見知りになるのが最初です。

 

酒を酌み交わす。カラオケも歌う。古い友達の話もする。仕事の事もそれ

となく話す。だんだん、その人の様子が見えてきます。どこかの店に、別

の客が行けば、一緒に付いていく。そんな客の様子を見ながら、マスター

はその爺さんに会った客を選ぶのです。

 

その爺さんと、一緒に飲み行くようになったのは半年後のことです。週末

は避けて、月曜か水曜日、いわれた曜日に、爺さんはちゃんと通ってきま

した。手間をかければ簡単には別れない。長く続かなければこの世界では

ダメ。それがこの店主の原則でした。

 

 長続きするための条件

 

関係が長続きするには、いくつかの条件があります。まずは見かけです。

自分にとって好きな外見のことです。小顔で中肉中背、腹が出ていないこ

と。背筋が通って、猫背(ねこぜ)でないこと。こざっぱりした格好、着

るものの趣味などが、私の選ぶ条件でした。

 

話す内容が下品でなく、ひどい呑み助でないこと、口臭や体臭など、その

ほか、条件はまだまだあります。男の場合には、条件はかなり繊細なので

す。もちろん、決定的な条件は人によって違います。外見よりも内面とい

うのは、かなり進んだ段階だと思います。

 

付き会ってみなければ、分からないこともあります。初恋ではないので私

にも予備知識はありました。でも、年齢的に、これが最後の男だという意

識がありました。だから、慎重になったのかもしれません。仕事も結構忙

しくて、時間が取れなかったことも事実です。

 

「そろそろ新しいのと付き合ってみないか。」マスターが声を掛けました。

慎重な人です。

私の好みもよく知っています。自分より背が高くないこと。教育に従事し

たことも分かっていました。だから、気難しい画家でも合わせることがで

きるかもしれないと。

 

絵を描くことが好きだったのも、事実でした。上野や京橋の美術館に通っ

たこともあります。「一度、一緒に絵を身に行かないか。」上手に声をか

けてくれました。10月中旬に上野の駅で待ち合わせ、院展を見に行きま

した。帰りには一緒に浅草の店に飲に行きました。

新たな出会いの始まりでした。




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