愛欲の海



                                      もりつぐ さん 


(7)



 決断の早い人

 

カップルになった証拠に、おやじさんは旅行に行くといいます。新婚旅行

と同じで正式の旅行だと決めていました。最初は名古屋から伊勢、そして

大阪に行くのだと。古い戦友もいるからだとも言います。そのあとは九州

だと。身体は小さいが決断は早い人でした。

 

名古屋の店は楽しい雰囲気でした。小柄な年寄りと太めの50代のカップ

ルを、どこでも歓迎してくれました。組合の宿舎に泊まって一晩、飲み歩

きました。おやじさんは私のかげで、ニコニコしています。だから店の客

に好かれたのだと思います。

 

沢山の客がビールを注ぎにやって来ます。警察署の裏にある男の店でした。

通りを隔てたところにあるマーサージの店も、紹介してもらいました。わ

たしは素っ裸で、おやじさんは、浴衣を着て、並んで身体を揉(も)んで

もらいました。

 

マッサージ師は、視力がなくて老齢ですが、腰の奥、恥骨のそばまで、丁

寧に手をのばして揉みときます。若いから亀頭は固くなり、竿(さお)は

屹立(きつりつ)するので困りました。おやじさんは面白そうに、その様

子を見て笑っています。

 

その時、ふと、50年前の光景が、鮮やかに脳裏(のうり)に浮かびまし

た。私がまだ23歳か24歳の時の若い頃のことです。私立高校に通って

いた時、柔道の授業で肩を脱臼しました。巻き込みに受け身がうまく合わ

ず、その怪我の処置も悪かったからです。

 

 筋揉みの爺さま

 

その肩を直してくれたのは、亡くなった志賀和夫というお爺さんです。秋

田出身の爺さんは70歳の半ばを過ぎ、高齢でした。職場のおばさんの紹

介で、千葉の田舎まで通って直してもらいました。練達の筋もみが、お爺

さんの仕事でした。孫との二人暮らしでした。

 

座敷は六畳二間です。治療は奥の6畳間で、手前の六畳間には次の客が待

っています。お爺さんは半そでシャツと夏用の薄いズボン一つです。身体

をよく洗っているので、嫌な臭いはしません。でもズボンは、ごく薄いの

で、爺さんの陽物が、時々、顔に当たります。

 

丹念に治療してくれる人です。家から送って来る菓子などを届けるうちに、

親しくなりました。休みの日に夕方行くと、越中だけの姿でくつろいでし

ます。「まあ、あがれ。」といいます。越中は広告の入った日本式手ぬぐ

いを、手で縫いあげた簡単ものです。

 

そのうち、筋揉みのやり方を教えてやるといいました。自分の身体を使っ

て、実技指導する教え方でした。2年ほど爺さんの所に通いました。やっ

て見て覚えていく教育法です。二人きりの実技指導ですから、情が通うの

には、それほど時間はかかりませんでした。

 

身体を押していると、前がギンギンに立ってきます。爺さんは百も承知で

す。前から後ろへと、決められたツボを順番に押していきます。「今日は

泊まって行け」と最後に言います。お孫さんが留守で、一人だからです。

裸の爺さんと一つになれると思いました。

 

お爺さんは用意周到な人です。洗いざらしの浴衣が私の寝間着です。家の

風呂は、外にあります。「一緒に入れ」と手拭いを渡してくれました。素

っ裸になって外の湯屋に行きます。爺さんも褌を外して黙ってついてきま

す。星の綺麗な秋の夜半(よわ)。闇は群青色でした。

 

爺さんが、前も後ろも洗ってくれます。丁寧に石鹸をつけて磨いてくれま

す。好きな爺様です。想うだけで前はギンギンになります。でも爺さんは、

普通の調子です。今度は、お返しに、爺さんの身体を、丁寧に洗い上げま

した。夢のような初めての夜でした。

 

風呂からあがって、寝間で休みました。裸になった爺さんの亀頭は、萎(

しな)びては、いませんでした。壮年の固さと柔らかさがあります。朝か

ら晩まで、人の身体を揉む仕事は辛いはずです。それが爺さんの身体を、

老けさせずに維持している秘密だと知りました。

 

爺さんと婆さんがひっきりなしにやって来る理由も分かりました。体中の

ツボを丁寧に押す治療は、男も女も関係なしに、人の精を強くする特別の

治療法でした。痛い、痛いと、毎晩、孫にさすって貰う日々です。人には

分からない、痛みに耐えた辛い生活でした。

 

セックスも丁寧に教える人でした。根っからやさしい人なのです。聞けば、

何でも丁寧に教えてくれます。舌や唇を使うテクニックは、按摩と同じで

必須です。きちんとした技術で、やみくもに圧(お)すのとは違う。快感

を与えることにはならないといいました。

 

性技(せいぎ)も、周到な観察力と修練のいる技術なのです。志賀のお爺

さんに学んだことは、沢山あります。これだけではありませんが、長くな

るので、ここでは、以下は省略することに致します。

 

 伊勢山田のこと

 

翌朝、伊勢に向かいました。近鉄で、伊勢山田に着き、タクシーを拾って

五十鈴川までたどり着きました。なぜ伊勢神宮なのか。理由はよく分かり

ません。たぶん、お爺さんにも昔があって、海軍の上官から養子の話があ

ったと聞きました、それが名古屋のはずです。

 

一緒に旅行して、ますます親子になりました。男子校だったから、親しい

友もいます。でもこの人といると、一寸違う感じがする。なぜだろうか。

実の父親と一つになることは、人間の世界では許されないこと、タブーで

す。でも男の世界では、話は別なのです。

 

小柄な爺さんですが、一緒にいるとどこか安心できる人です。そばにいて、

気にならないのはなぜだろうか。何度も考えてみました。「この人が本当

のおやじだったらなあ。」心底から何度そう思ったかわかりませんでし

た。

 

男同士の関係は、意識の深い深層にまで根を張っている闇の世界です。人

間界の「禁忌」(タブー)をはるかに超えた、もっと自由なものなのだと、

次第に、思えるようになりました。




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