愛欲の海



                                      もりつぐ さん 


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 無償のセックス

 

画家の爺さまの亀頭は、やや小ぶりですが。鰓(えら))が張っていてな

かなかの逸品(いっぴん)です。この爺さまのセックスは、後を引くセッ

クスです。一度嵌(は)めたら、また嵌めてもらいたくなる。後を引くセ

ックスです。無償の性愛といってもよいのです。

 

夜の街で誰かを好きになる。酒を飲んで、演歌を歌い、身体に触れて、段

々と相手の人格がほしくなる。これは普通の恋のパターンです。酒や、食

事、小遣いなどと関係のない、純粋に人格を重ねたいという希(ねが)い

です。これが無償のセックスだと思うのです。

 

男の酒場は、好きな相手を見つけだす交流の場所です。何度も失敗を重ね、

理想の相手に辿(たど)り着く場所です。初から理想の相手に出会う人は

めったない。大部分が失敗に失敗を重ねて、理想に辿り着くのです。でも

長続きはしない。愛の持続は難しいから。

 

セックスは相性が大事といってもいい。相性がいい相手を探すのは至難の

業です。さんざん苦労して辿り着く、登山に似ています。家族、容姿、経

済、仕事、主義主張、違いは様々です。これらの要素の組み合わせが、相

性というものです。どれが重要かは個人次第です。

 

人様々、十人十色の世界です。私の相手の爺さんは画家で、元公務員。財

産も経済力も普通レベルの人でした。
20歳も年上です。爺さんは、もとも

と老け専で、若い人には関心がなかった。それにも拘らず私と付き合うよ

うになった。なぜか。それには説明が必要です。

 

「お前は20歳も年下だが、儂(わし)にはどうしても、年上に見えてなら

なかった。だから付き合うことにした。分かるか。」

 

70の爺さんが、50代の自分を同じ世代に見ている。それは不思議でした。

その当時パソコンを教える教員の私です。だから老けて見えたのかしら。

でも
50代が70代近くに、本当に見えるかしら。疑問ですね。画家の目が狂

っていたかした。あるいは色ボケでしょうね。

 

まわりからは、落ち着きがあるという評判です。安心できる人とも言われ

た。でも人の印象はまちまちです。人の言うことは、噂半分です。でも画

家の爺さんとはウマが合った。気楽に話せた。だから楽しい日々でした。

住む世界を広げたのも、画家の爺さんでした。

 

私と付き合う前の爺さんは、相方が10歳ほど年長の人。でも段々そりが合

わなくなります。結局、別れてしまうのですが、可哀想だが仕方がない。

相性は変わるし、もっといい人を求めるのも普通です。私とは相性があっ

ただけのこと。この話はこの辺で止めにします。

 

 爺さんの深い想い

 

セックスはピタッと会い、身体を重ねる度に関係は深まりました。旅行に

も出かけ、家族のようなレベルまで進みました。
70代と50代の本格的な恋

でした。爺さんにとっては老いらくの恋。私にとっては
50代の燃える恋で

す。どちらも幸せを感じていたと思っています。

 

人生は一度しかない。本当の恋は一度あればいい。できるだけ一緒にいた

い。その実感が日ごとに強まりました。週末は泊まりにいく回数が増えま

した。相性がいいと実感したのもこの時です。楽しい恋。会えばまた会い

たくなる。それでも、少しだけ切ない恋です。

 

爺さんは小柄で小顔。かわいい人です。でも、やさしそうですが、本当は、

男性的な気の強い人です。それを上手に隠しています。大事なことには、

はっきり意見を言う人です。曖昧なことは嫌いな人です。普段は、ひとり

ですが、週末は並んで一緒にやすみました。

 

爺さんの顔を見ながら眠りにつきます。起きているときは、精一杯神経を

使うので、眼を閉じれば、あっという間に寝てしまう。その顔を爺さんが

じっと見ています。画家はすぐ寝る人ではない。すぐに寝ることのできる

人でもない。それは十分に分かっています。

 

寝返りを打ったり、苦しそうに寝言を言ったりすれば、胸や、背中をやさ

しくなぜてくれる。子供の頃、父親や母親がさすってくれたように、今、

寝ている相方を、倅のようにやさしく擦(さす)る爺さまです。それはご

く自然なことと、言い聞かせている爺さんです。

 

男同士の関係がどんなものか。よく分からなかった私です。でも一緒に暮

らしてみて、段々分かるようになりました。男同士の関係性は、基本的に

人と人の関係です。最初は生理的な関係ですが、関係が進めば、段々人間

的な次元に進んでいくと、今は思っています。

 

例えば、仕事上で困った問題が起こったとき、爺さんに相談しました。そ

れを聞いて、蠟燭を灯し、神に一心に祈ったそうです。家族に何かあれば、

ご先祖様を通してお願いする。それが家長として務めだというのです。無

事にすむようにと。心からお願いする人でした。

 

夜中に、目を覚ましました。心配そうに見ている爺さんの顔。寝間着をは

だけて、ぐっすり寝ている私。その時、爺さんは、何を思い、何を感じて

いたのでしょうか。年齢や経験を超えて、人を想う気持ちの強さとは何か。

この問いを何度も反芻しました。




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