「晩秋の薔薇」  .

(スーさんと山ちゃんの世界)  .



                                         N爺さん 


(1)  .



山野辺高志は、間もなく七十三歳の誕生日を迎えようとしていた。

この歳になるまで、高志は妻以外の女性を知らなかった。

 知らなかったと言うより、知ろうとしなかったのである。

 小学六年生の頃、近所の二歳年上の中学生から男色の洗礼を受けてから、

女性を受け付けない体質になってしまったからである。

 高校を卒業して、親元を離れてT市の会社に就職してからは、安サラリ

ーで経済的には苦しかったが、自由奔放に独り暮らしを謳歌していた。

 三十歳近くまでは、一生独身を通す覚悟であったが、脱サラをして、小

さなスナック喫茶でも開こうと思い、親元のK市に戻った。

 親の家業は農業で、多少の田畑を持っていた。当時、経済成長が目覚し

い時で、親はその田畑を売って、高志に郊外レストランを開くように奨め

てくれた。商売をするためには、助けてくれる人が欲しいのだからと、し

きりに結婚話を持ちかけたので、見合いに応じて二十九歳で結婚をした。

 あれほど嫌悪感を抱いていた女性の体ではあったが、新婚旅行での初夜

を無事に済ませることが出来た。それ以後、妻とは三日と開けず接触をし

て二人の子どもに恵まれた。

 父が三十年前に亡くなったので、僅かな土地を相続して、宅地以外を処

分し、兄弟に遺留分として分配して、残りを相続税に当てた。

それでも多少の金額が残った。

宵越しの金を持てない高志は、妻に隠れて男遊びに走るようになって、や

がては夜遊びが過ぎるので妻に知られてしまい、毎晩責め立てられた。

妻は女遊びだと思っていたようである。このまま偽りの結婚生活を続けた

も、お互い不孝になるだけだと思った高志は、離婚を覚悟して、本当は男

が好きなのだと妻に打ち明けた。そして少しばの現金を持ち、書置きを残

して家を出た。

家を出ても行く当てのない高志は、歌謡曲の歌詞ではないが、北へ向かう

ため汽車に乗った。車窓から眺める風景は高志には空ろにしか映らなかっ

た。何度か行った事のある松島をもう一度見てみたいと思った高志は、仙

台で下車をして仙石線に乗り換え松島へ向った。

松島の絶景も、絶望を抱えた高志には何の感動も与えてくれなかった。独

りで旅をするのは何と虚しいことだろう、とつくづく思った高志は、四国

へ行き遍路をして自分の罪行を悔い改めたいと思った。

高志は仙台から四国の高松へ向った。東京の安宿で一泊して次の日に高松

へ着いた。

駅前を歩いている高校生たちの姿が目に入り、家に残して来た二人の息子

の顔が頭から離れなくなってしまった。 

息子は高校一年生と高校二年生で、一番多感な年頃なのに、父親のホモ癖

をどう思っただろう…。この後二人の息子はどうなってしまうのだろう…

何もかも捨てて来た筈なのに、この世に未練が一杯残っている事に気がつ

いた。

高志は、意を決して家に電話を入れた。「今、何処にいるのよ」

と強い口調で妻が電話口に出た。「四国に居るんだけれど息子たちのこと

が気になって電話をしたよ」  「好き勝手な事をして、家まで出て何を

言っているのよ。兎に角、居場所を教えて」  

「四国、高松の駅前の○○ホテル」

「分かったから一度電話を切るわよ」 

 それから暫くして

「子どもが迎えに行こうというから、行ってあけるから待っていなさい」

 と変らない強い口調で妻が電話を掛けてきた。

 ホテルに着いた妻は、いつもと変らない高志の身なりを見て

「落ちぶれて惨めな格好をしているのだと思ったけど、全然変らないじゃ

ないの」

 と少し期待外れの顔をした。恐らく、ホームレスになった高志を想像し

ていたのだろう。

 二人の息子は、心配そうな顔をしながらも、父親の行状を責めることは

無かった。それだけに、自分を殺してでも息子たちに償いをしなければ成

らないと高志は思った。

 その晩、息子たちが寝静まってから、一睡もせずに高志と妻は語り合っ

た。

「息子が大学を出るまで俺にもう一度機会を呉れないか」

「息子を父親の居ない子供にしたくないから我慢するしかないわ」

「もう二度と悪い遊びはしないから…」 

 その時、高志は四十八歳になったばかりだった。男盛りの高志がセック

スから縁を切ることは容易なことでない事は分かっていても、子供たちの

ために、それが自分の罪滅ぼしになるだろうと思い、家に帰ってからは無

我夢中
で働いた。

 兎に角、二人の息子を無事に大学を卒業させるまでは、と高志は自分に

言い聞かせて、男の肌に耽る楽しみを断ち切った。

 妻を何度か、抱こうと引き寄せたが、高志の妻は

「義理で抱かれても嬉しくないから止めて」

 と軽く振り払った。

和服の似合う、襟足の綺麗な妻で、一緒に歩いていると、似合いのおしど

り夫婦とよく言われたものだった。

 高志しか知らず、四十三歳の若さでで半分やもめ暮らしで一生を終わら

せるのかと思うと、高志は妻を不憫に思い、申し訳ないと思ったが、何か

肩の荷が降りたような安堵感を覚えたのも事実であった。    



                                             続 く 










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