ぼくの恋人はおじいさん




                                         花栗 さん 



昭和三十年代も終り頃



 庭の木蓮も散って、空き地の満開の桜も風も吹かぬのに、花びらが流れ

るようにこぼれていた。

隣のおじさんが農作業の合間に何か思い出し笑いのような顔をして真下か

ら見上げているのが花影に見えた。

顔を戻したとき、その頬に花びらが一つ貼り付いていた。

開けた障子から僕は春休みの最後の日を、明日からのことを夢見ながらぼ

んやりと過ごしていた。

短い春休みがあっという間に過ぎて、明日から中学生になると言う前日だ

った。

希望と、ちょっぴり不安の胸を息いっぱいに膨らませると、障子を閉めた。

そして自分の部屋に入ると、大の字に寝そべり、天井向いたままゆっくり

と深呼吸するようにして木目模様を見つめていた。

茶の間の方から「散髪に行っちょいで」と、母の声がして襖から顔を覗か

せた。水仕事でまだ濡れてる手のまま畳まれた紙幣が顔の上に差し出され

た。

「明日から中学やで。きれいにクリクリ坊主にしちもろちょいで。」

「うん!」

僕は勢いよく寝転んでた畳から起き上がると、母からお金を受け取り、古

い方のズックを突っかけると歩いて出かけた。小学校へはずつと徒歩だっ

たし、中学校は、ほんの少し遠いだけだった。自転車通学が許されるのは、

僕の村から奥の村だった。損な境目であったが、今思えば足腰を丈夫にす

るためには良かった。

 

 散髪屋は小さな田舎町に三軒あった。中学校の正門前の通りにあった。

町と呼べるのはその散髪屋のある、唯一舗装された商店街の地域だけで、

あとは村々の集まりであった。どの村にも駄菓子屋と食料品を置いた雑貨

屋は一二軒あったけど、散髪屋は無かったからこの中学校前の通りにある

散髪屋を利用していた。

家でバリカンで刈ってもらう子供や大人もまだいた。僕も何年かは母から

刈ってもらっていた。

けど、次第に散髪屋に行くようになった。それは、生活にそれくらいはゆ

とりが出来てきたこともあったが、バリカンの刃で髪に挟まれる痛みから、

周りの子も丸刈りの大人たちも家で刈られるのを嫌がり、一度散髪屋に行

くと、そのスムーズさと心地よさ丁寧さを知り、もう家で刈られたくはな

くなったろう。あの散髪屋の匂いにも。

 一軒目は正門に一番近くにあり、一番近い距離だ。

ここは小学校からも一番近く、そのためか、小中学生の客が多かった。僕

も友だちも近所の子も、この散髪屋だった。

だが、この日は気持ちが歩いて来る途中で迷って、まだ行ったことのない

一番遠い散髪屋に決めた。

丁度同じ間隔を開けたようにあって、二番目の散髪屋は通りの真ん中あた

りにあって、商店街と言うほど店は無いけど左右、道を挟んで、向かいに

も何か店のある一番活気のある場所だった。通りから見ると、ここは中高

生と大人が多かった。後に一二回行ったことがある程度だった。椅子、鏡

周りの設備は一番新しく、大きな街の散髪屋と変わらなかった。それが僕

にはハイカラ過ぎてよそよそしい感じで馴染めなかったのかもしれない。

愛想の良いおじさんではあったけど。

一番遠くにある散髪屋は、通りのもう外れ近くにあって、そのためか人が

出入りしてるのを見たことはなかった。

たまにしかこの通りには来ないし、この先にある親戚の家に行くときにチ

ラリと見て通るくらいだったから、普段の客の入り具合はわからないけど。

何故ここに決めたかと言うと、それは前に店主らしき人が表に出ているの

を見かけたことがあって、その風貌と顔に惹かれたからだった。

金文字の消えかけた年季の入ったガラス戸から、何か布を叩きに出てきて

たところだったのかもしれない。

歳は七十歳くらいだったろう。ふっくらとした体型の頭はほとんど白髪で、

その髪型は裾を刈り上げて上だけ短めに伸ばしていた。

きちんとは分けていなかったように思う。少しクセ毛のあるふうに見えた。

薄くはなかった。

他の二軒の主人が短めの半袖の白の制服に対して、医者の服のように長め

であった。それも、洗濯はしてあるだろうけど、だいぶ長く着ているよう

に古く思えた。そのおじいさんの白髪の上にある白色の日除けのテントも、

もう年季が入ってる店であった。そして、回っていない小さなサインポー

ルも三軒の中で一番古かった。

小学校を卒業したばかりの子供が、懐かしさを抱くというのはおかしいか

もしれない。

けど、安らぎを覚える雰囲気であった。動作も機敏そうでないゆっくりと

した感じであった。

 そっと中の様子を伺うように、僕は足音まで忍ばすように戸口に立った。

他の二軒の外から見えるガラス越しの明るさと違い、薄暗くひっそりして

いた。

一瞬迷ったものの、手をかけかけてる戸を自分を押しやる思いで、胸をド

キドキさせながら開けた。



                                                     つづく 


[編集局注]

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