ぼくの恋人はおじいさん




                                         花栗 さん 



() おじいさんとおばさん



 戸も昔からあるガラス戸だった。

ガラスに映る影も歪んでるような、そんな古い戸が三枚か四枚の広い入り

口だった。思いのほかカラカラと軽く開いた。

待合のソファーの長椅子に腰掛けて新聞を読んでたおじいさんは、すぐに

気づいて僕の方に目を向けた。

鼻の下へずれた眼鏡の上から僕を見た顔は、一瞬きょとんとした顔つきで

あったが、僕が客だと気づくと新聞を無造作に畳んで「いらっしゃい。」

と立ち上がった。

そして、端の入口に近い椅子へ「どうぞ」と言うように手を添えた。

明るい外から目はすぐ慣れたけど、それでも蛍光灯の灯りが他の店よりも

暗く感じたのは、他の二軒の店よりも倍以上広かったからかも知れない。

奥の部屋への入り口に、短い暖簾がかけられてあるだけだからよけいに広

く感じたのだろう。

その隣、正面は縦に目のある昔のガラスによくあったモールガラスだった。

当時は家庭の風呂の窓でもよく使われたガラスだ。

その向こうに小太りに見えるおばさんらしき人の姿がボカシのように見え

た。

中庭なのだろうか。店の中よりも明るい日の下で洗濯物でも干してるよう

な動きに思えた。

端の方に植木鉢が並んだ影も見えた。

 

 椅子は黒い革張りで、年季は入っていたが他の店の椅子よりも大きく立

派だった。

その椅子が三つ並んでいたように思う。おそらく昔は流行っていたのだろ

う。この町に一番先に出来た散髪屋かも知れないと、後に思った。

 おじいさんは畳まれてあった白のカバーを広げると首に結んでくれた。

その結ぶまでの動作がのろくて、前に回り広げてと、パッと一度には出来

なかった。足が悪いわけでは無かったろうが、もう、おじいさんだったか

ら。

僕はそれが、その遅い動きによる風が、おじいさんの身体が触れるのが好

きだった。

 それから「ぼく、どうしましょう。」と、霧吹きを片手に僕の後ろ頭に

手を添えて尋ねた。

僕は少し緊張していて、「ぼうずにしてください」言った顔が赤らんだ。

それを鏡に見た自分の顔が恥ずかしくて下を向いた。

「そうか。坊や、中学生になるんだ。」

「はい。」

霧を吹いた頭を整えるように拭きながら「二分刈くらいにしとこうかね。」

と訊くので、「あ、はい。」と答えた。

髪の長さの言い方など初めて聞いた。何も知らなかったからおじいさんに

任せた。

 

 おじいさんの大きな片手が軽く添えられ、電動バリカンにスイッチが入

る。

少しドキドキしながら僕は固まったようにじっとしている。

「ふんふん」と小さな声で鼻歌を歌いながらおじいさんが刈って行く。

と、鼻歌と思ったがすぐにそれは違うとわかった。

おじいさんの鼻息だったのだ。苦しいわけではないだろうけど、時折そん

な漏れる息が顔に襟に当たった。

大きな椅子の中で、両手は膝に置いていたが、肘掛からはみ出てる二の腕

や肩などは、おじいさんの体にときどき触れた。

他の店は、刈終えると後は嫁さんの仕事になるのだけど、ここは襟足を整

えるのも最後のパウダーをつけるのもおじいさんだった。

襟を剃られるとき、おじいさんの鼻息がとても近くでかかった。それは快

感だったろう。

まだ精通は無かったけれど、僕は椅子に座って勃起させてたかも知れない。

最後、「きれいになったよ。」とでも言うように刈終えた頭を手で撫ぜら

れたときも気持ち良かった。

 

 すると、洗濯が済んだのか、奥に居たおばさんが割烹着の裾で手を拭く

ような仕草で入って来た。

そして客が子供だとわかると、わざわざ前に回って僕の顔を覗き込むよう

にした。

「しょうちゃん!」

『えっ?

僕はびっくりした。

「違う違う。この子は正一ではないよ。俺もよく似てると思ったけど」

「坊や、何という名だい?」とおじいさんが訊いたので僕は答えた。

「かおるです。」

「ふーん。かおる君ですか…」

おばさんは少しガッカリした顔をしたが、すぐに丸い顔にえくぼをこしら

えてニコニコとした目をした。

 帰るとき、奥へ戻りキャラメルを持って来て「はい。」と僕の手を両手

で包むようにしてキャラメルの箱を握らせた。

そして、「また来てちょうだいね」と、小さい子にするように手を振った。

おじいさんはそれをじっと見ていた。



                                                     つづく 



[編集局注]

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