ぼくの恋人はおじいさん




                                         花栗 さん 



() 黄門さん



 「しょうちゃん、お帰り!」

見ると、おばさんが日の丸の小旗を両手に、にこにことして振っていた!

しかも、聴いたことのない歌を歌い始めた!

葉桜となりゆく雨上がりの空気を、その明るい声で震わせ、僕を一心に見

つめて立っていた。

 

 「えっ?どげんしたん!おばさん、何なん!?

肩を並べて歩いてた友だちが見つめる中を、僕は驚きと恥ずかしい気持ち

で、慌てて駆け寄った。

おばさんには周りがまるで見えていない。僕しか目に入らないようだ。

僕は迎えに来てくれたことはすぐにわかったけれど、ともかく今すぐここ

から離れなければという焦りの気持ちで、おばさんの背を押すように、旗

を持ってる手を引くようにして「おばさん。帰ろう、帰ろうよ。」と促し

た。

気持ちを抑え、「じゃあな。」と何でもない顔で振り向いて、友だちに小

さく手を振ると、一時も早くその場から逃れるように歩き始めた。

『友だちには明日、適当にごまかそう。』

そんな気持ちで、とりあえず今の状況を整理しつつ、おばさんの手から、

まだ振ってしまいそうな旗を、取り上げるように奪った。

「その旗ね、今朝こしらえたのよ。しょうちゃん、小さい頃よく作ってあ

げたもんね。」

『しょうちゃんが旗が好きだったか知らないけれど!』

僕は歩いてるうちに、腹立たしい気持ちになってはいたけど、素直にスッ

と旗を離したおばさんの顔を見ると許せる気になった。

 

 「あのね、おばさん。僕は誰ですか?

「かおる君じゃないの。かおる君、どうかしたの?変な子。」

『…!』

 僕は整理できないまま、おばさんに振り回されている気持ちだった。

奪い取るようにして手にしてた旗を二本合わせてクルクル巻きつけると、

おばさんを振り向きもせず歩いた。

やっぱり腹が立って来る思いで、鞄と旗を握った手を交互に大きく振るよ

うに大股で歩いた。

『模造紙を切って絵の具で描いた日の丸なんて。まるで幼稚園児みたい。』

『しょうちゃんが小さい頃によく作ってあげてた?

『そんな小さい頃のことまで僕と重ねるなんて。』

『…それに、あの歌は何だい?あれもしょうちゃんが好きだった歌なんか?

 

 まったく理解に苦しむ、わけのわからないおばさんであった。

なのに、すぐに許してしまう。そして好きになって行く。だんだんと…。

僕は、遠くから心細そうな声で「待ってよ」というおばさんに、歩を緩め

た。

そして振り向き、距離をどんどん離してたおばさんを待った。

「はあはあ」と息をさせておばさんは追いついて来た。

「かおる君、足が早いのね。中学生になったんだものね。」

「先に行ってごめんね。」

僕は、僕がムッと膨れたことなどまるで気がつかないおばさんが、何だか

気の毒に思えたのだった。

そして、『悪かった』という思いで、しょうちゃんのことに触れた。

気になっていた、さっきの歌のことを尋ねた。何という歌なのかと。

するとハンカチで汗を拭いながら、おばさんは目を輝かせて答えた。

「日の丸行進曲よ。しょうちゃんが大好きだったの。」

「初めて聴いたごたん。」

「しょうちゃんの部屋にレコードがあるわ。後でかけてみましょう。」

「しょうちゃんの部屋?

「そうよ。ずっとそのままにしてあるの。再現してね。」

『再現…?

 

 僕はよくわからないまま、おじいさんの待つ家へおばさんと帰り着いた。

ガラス戸の向こうに、鋏と櫛を持ってるおじいさんの横顔が見えた。

「お客さんだ」

「黄門さんよ。わたしが出るときに来たの。」

そう言っておばさんが開けた後につづいて入った。

入って帽子を取って挨拶をした。

「こんにちは」

「いらっしゃい。」

おじいさんは手を止めてちょっと振り向くと笑顔を見せた。

それから、おばさんが「黄門さんよ」と言った、鏡に映ってるお客の顔を

見た。

すると、お客さんも僕を見た。鏡の中で目と目が合った。

じっと見つめていて、そして言った。

 

 「おお、この子か。なるほど、前に見せちもろうた写真の正一君にそっ

くりじゃ。うんうん。」

お爺さんは着物姿にカバーを付けてる顔を、ニッコリとさせた。

口髭と顎鬚も真っ白で、ほんとに水戸黄門みたいだった。おばさんの言っ

た「黄門さん」の意味がわかった。

鏡の顔は、初め怖そうに見えたけど、笑うと優しいお爺さんの顔になった。

僕は軽く頭を下げると、おばさんの後を追って暖簾をくぐりかけた。

すると、鏡の中から僕を見てたお爺さんは何か思い出したのか、僕を引き

止めた。

おばさんは「おやつの用意しておくからね。」と鞄を僕の手から受け取る

と、丸めてた旗もサッと手にして奥へと行った。

 

 「ぼうや、これをあげよう。さっき、汽車の中じ貰たんじゃ。」

と、お爺さんは、顔はそのままにカバーを付けた身体だけゴソゴソ曲げる

と、カバーの下の袖からミカンを差し出した。

おじいさんが僕の方を見て「かおる君、いただきなさい。」と言ったので、

遠慮せず手を伸ばした。

それを「ありがとう。」と、受け取って行きかけたら「待て待て、もう一

つある。」と言ってまたゴソゴソと取り出した。

「ほれ。これの方が大きいぞ。」

そう言って伸ばした僕の手を逸れて、ミカンが落ちた。

「あっ!」

そのミカンが床に転がった。

お爺さんの手は渡しかけた形のまま、見えないミカンを目で追った。

僕はすぐ止まったであろう転げたミカンを探した。

覗いた足元にすぐに見つけて、拾うべく腰をかがめた。

お爺さんが足を乗せてる踏み台の後ろにあったそれを、拾おうと手を伸ば

したが届かない。

かがみ込んでた腰を窮屈に伸ばして膝を着いた。そして手を伸ばした。

雪駄の揃えてる足元の、開いてる足の間から突っ込んだ。その手がふくら

はぎに触れた。

紬に素肌の、足の奥からは石鹸のいい匂いがして、風呂帰りなんだとわか

った。

とミカンを手にしたとき、その覗いたさらなる奥に、緩んでるふんどしか

らも石鹸の匂いと湯の匂いがぷんぷんしていた。

前垂れが脇に寄って、マラの先の形がクッキリとわかった。

そして、金玉がのぼせたように伸びて、ぐんなりとはみ出そうになってい

た。

 

 股座のドキドキとする束の間の暗がりの探検だった。

「あった。あった。」

とドキドキをごまかしながら、体を起こしたが、顔を赤らめていたことで、

おじいさんには見抜かれていたかも知れない。

「ぼうや、いつでも遊びにおいで。婆さんが死んで毎日一人じゃ。鯉を見

においで。」

そんなお爺さんの声を背に、僕はおじいさんの目も見ず、暖簾の奥の部屋

へと急いだ。



                                                     つづく 



[編集局注]

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