ぼくの恋人はおじいさん




                                         花栗 さん 



() 匂い



 生々しい夢で、僕は目が覚めてもまだ手にズクンズクンと、まるでたっ

た今、先生のちんぽを握った感触を…生暖かく感じていた。

夢だというのに!

 

 「おまえはお爺さんが好きだからのう。」

と、朝ごはんを食べながら母がふと言った言葉に僕は、いきなり心臓を鷲

掴みにされたようで、全身が凍りつく思いだった。言い訳する言葉も、ご

まかす言葉も見つからずに、赤面した顔を味噌汁の椀と湯気で隠すように

して汁を吸った。

 すると、それは僕の指向性を見抜いて言ったことではなかったのだ。

「祖父ちゃんからいつも抱っこされちょったし、在所に行っても爺さんが

可愛がっちくれちょったきぃのう。おまえはお爺さんと気が合うんじゃろ。

のう。」

 僕はゆっくりと大きく深呼吸しながら、味噌汁の具を噛み締め、「うん」

と言いながら飲み込んだ。

 

 土曜日は半ドンだけど、部活があると言うことをおばさんに言い忘れて

いた。

そのことを、昼にパン屋さんへ行くついでに散髪屋へと足を伸ばした。

「ごはん食べて行きよ。」と言うおばさんとおじいさんに買ったパンの袋

を見せて「パン買ったから。」と学校へまた急いだ。

「待ってるよー」と、玄関口で手を振るおばさんに「うん」と返事して。

『今日は旗を手にしてなかった』と思いながら。

 当時、アンパンはまだ10円でなかったろうか。ちゃんと、臍らしい臍

があった。

母からパン代3,40円貰って来てたからそれでジュースも飲めていた。

 美術クラブの先生はまだ若い女の先生だったが、その先生以外に絵の好

きな教頭先生が見てくれていた。

油絵を描いてるらしかったけど、まだどんな絵を描くのかは見ていなかっ

た。

三年生に油絵を描いてる人がいるので僕も三年生になったら始めたいと考

えていた。

教頭先生は少しやせ型で小柄な温厚な人で、なよなよとはしていない。け

ど、ものの言い方も仕草もどこか女性っぽい感じではあった。

当時はまだ六十歳で定年と決まってなかったのか、先生の中で一番歳をと

っていて、もしかしたら六十を越えてたのかも知れない。一番年齢が近い

のは校長先生で、他はみんな少し開いていたと思う。

小使いさん(用務員さん)が同じ歳か一つ二つ上で、気が合うのか、話して

るところや、部屋を訪ねてるのを見かけた。

 

 石膏のオブジェのデッサンで、夢中になり少し遅くなってしまった。

鉛筆で汚れた手もそのままに、まだ明るい通りを散髪屋へと急いだ。

すると、正門を出てすぐある駄菓子屋さんの横の路地に、見たことのある

スクーターが停めてあるのが見えた。

思い出せないまま歩いていると、先ほどのベージュ色のスクーターが慌て

てるふうに追い越して行った。

その、スピードを上げて、風になびかせてる坊さんの衣装と坊主頭の後ろ

姿で「あっ、遠藤先生だ!」とすぐにわかった。

さっきの駄菓子屋さんの家には、法事か何かで寄ってて、まだ他にも法事

で行くところかも知れない。と、家とは方角が違っていたことで、そう思

った。

『先生も、寺の仕事もあるから忙しいんだろう。』

もう見えなくなった後ろ姿にそんな多忙な先生の顔を思い浮かべた。不思

議とちんぽは思い出さなかった。

 

 ところが、おじいさんの散髪屋が遠くに見えてきて、その店の前に先生

のスクーターが停まってるのが、その色と形からわかった。

「おじいさんの家に何の用があって来たんだろう?

だんだんと近づいて行き、さっきの先生のスクーターだとはっきりわかる

と、見えにくいガラス戸に影を映して立った。

目が慣れて、お客とおじいさんは見えたが、『先生はどこだ…?』と、中

の様子を伺うようにして見ていると、立ってるおじいさんがお腹をつけて

る椅子に、先生の頭が見えた。

『なーんだ。散髪しに寄ったのか。』と思ったけど、嬉しくはあった。

僕はおじいさんを見つめながら戸を開けかけた。が、『おや?』という思

いが湧き、ちょっとおじいさんの仕草を観察した。
『何を話してるんだろ

う。』と思えたそのおじいさんの頭を斜めにしてる口が、先生の耳にくっ

つくように近づき、何かヒソヒソと話し始めたふうに見えた…。

僕は素知らぬ顔して中へ入って行った。

 

 「いらっしゃい。おお、かおる君、おかえり。」

タオルを手に振り向いたおじいさんに、汗ばんでる帽子を取り挨拶をした。

そして、おじいさんの傍に行き、椅子の後ろから、鏡の中のカバーを付け

てもらってる先生にも挨拶をした。

「野中くん、部活か」

「はい。」

「君のことは聞いたよ。写真の正一くんとほんとによく似ているね。」

そういう鏡の先生から、カバーの後ろ姿を見て『あれっ?黒の上の衣を脱

いでる』と気づいた。

見ると、ソファーに脱いで畳んであった。

その視線に鏡からわかったのだろう。

「先生は暑がりでな。一枚脱いだんだ。」

「襟も汗で濡れてますよ。」

おじいさんがそう言いながら絞ったタオルで首筋も拭いてあげていた。

 

「これも脱ぎたいが、脱ぐと肌着の下はふんどしだからな。ワッハハハハ」

「ハハハハ」

それを聞いてて僕はいっぺんに友だちの家の裏で見たことを思い浮かべて、

ドキドキして来たのだった。

『ちんぽが見れなくても、この間の黄門さんのように股から覗いて見たい

!』

そう思えて来るのだった。それは先生の来てた法衣にも蘇るものがあった

ためかも知れない。

それは、幼稚園のときの園長先生がやはりお寺の坊さんで、普段の格好が

そうであったから。

法衣には小さいときから惹かれるものがあった。白衣は特に。

 

 「今日はカミソリで良いのですね?

「うん。今日はツルツル坊主じゃ、野中くん。ワッハッハッハ」

 暖簾の奥から僕が来てるのがわかったのか、おばさんの呼ぶ声がして僕

は二人の会話を背に奥の部屋に急いだ。

行ってみると、台所でおばさんが踏み台に乗って、棚から寿司桶を取り出

してるところだった。

「かおる君、これ持って。」

「あ、はい。いいよ離して」

受け取った寿司桶をテーブルに置くと、台から降りたおばさんが手ぬぐい

を髪にしながら言った。

「バラ寿司をしようと思ってね。かおる君はバラ寿司は好きかな」

「うん、大好きです」

「良かった。お父さんもわたしも大好きなのよ。」

「蕨と筍も散らすわね。えんどう豆があるともっと良いのだけど。今度す

るときに入れましょうね。」

 僕におやつを出してくれると、しょうちゃんの部屋でくつろいでるよう

に言ってくれた。そう言いながら流しに立つと、乾物ものやら出して、お

ばさんはウキウキと支度にかかって行った。

 

 僕は上着を脱いで、ゆっくりとおやつを食べていたが、そのうちにおじ

いさんと先生が気になって来た。

それは初めての授業のときの、散髪をしたときの話しから、どうも遠藤先

生とおじいさんは、客と散髪屋だけの間ではないような気がしていたから。

あのとき先生は、あまり親しいふうには言わなかった。けど、今日の様子

だと、お互いによく知った感じに思えたのだ。戸口から見たときのあの秘

密めいた話の内容はわからなかったけど、おじいさんがタオルで頭を拭い

てた仕草も、どうにも引っかかっていた。

それは、先生の顔を繰り返し覗き込むようにして拭いていたのだ。

おじいさんと先生の表情は見えなかったけれど。

 

 そんなことを思い出していると急に落ち着かなくなった僕は、おやつの

カステラを口に押し込むと紅茶で流し込んだ。

そして、おばさんの背中を見ながら、しょうちゃんの部屋に行くふりをし

て、店の方へと足を忍ばせた。

そして、店へと入る手前の、暖簾の内側からそっと覗いて聞き耳を立てた。

先生の頭はもうきれいに剃られて、椅子を倒し、これから髭を剃る用意を

していた。

泡立てたクリームを塗りながら何か話をしていて、それがヒソヒソとした

小声で聞き取りにくい。

『来週の土曜日は一人だから?

どうも来週の土曜日に、おばさんがお姉さんの所へ泊りがけで行くらしい…。

 

 しかし、その内容よりも『あれは何をしているんだ!?』と、先生の不穏

な手の動きに目が行った。

カバーから出してる手が、肘掛から外に出して、後ろ手でおじいさんを触

っていたのだ!

おじいさんの長い上着でよくは見えないが、丁度、ちんぽの辺りを上下さ

せて!

僕は躊躇しなかった。子供なりにも焼きもちというやつだったろう。

言葉より先に邪魔するように靴音させて飛び出した。

「先生、頭ツルツルにしたの?

と、取って付けたようなことを咄嗟に言った。

何でもよかった。二人の間に入って行き、二人の空気を裂きたかった。邪

魔せずにはいられなかったんだ。

すると、先生はサッとカバーの内に引っ込めた。その手がまた憎らしかっ

た。

おじいさんもビクンと驚いたくせに、「おやつは食べたの」と、こっちを

向いて何でもないように訊く、その小首を曲げた表情も憎らしかった。

 

 何だか、おじいさんが、違うおじいさんに思えて来て…悲しい気持ちに

なってしまった。

だが、二人のただならぬ仲を勘で感じ取った僕は、涙を浮かべてはいても、

小悪魔と化していた。

「奥でゆっくりしてなさい。」と言う言葉に貸す耳はなく、尖っていた。

わざと邪魔をすることを考えた。

「先生のスクーターに乗ってもいい?少年ジェットのつもり。」

そんな口から出まかせを言って、二人の後ろを行ったり来たりした。

きっと二人は困惑してるに違いなかった。僕の顔は、涙を浮かべてても心

は笑っていただろう。醜く…!

 スクーターから降りて中を覗くと、髭を剃りながらまたヒソヒソと何か

話してるのが見えた。

その耳元に顔を寄せるおじいさんの横顔がとてもとても憎らしかった。愛

しいくせに。

 

 用もないけど、二人の傍を離れずに、今度は隣の椅子に座った。

靴を脱いで横向きに膝を抱くようにして。

おじいさんは押し黙って髭を剃っている。そのカミソリの音だけ。

ときどきちらちらと僕の様子を伺ってるのがわかる。けど、もう僕はおじ

いさんにも先生にも話しかけない。

じっと、どんな小声も聞き逃さない。仕草も見逃さない。

二人を睨みつけるようにして!

 倒した椅子の台に、だらしなく鼻緒が脱げかけて乗せてる雪駄の足元を

見ていた。

すると僕は黄門さまのときのように、覗きたい気持ちがムラムラと湧いて

来た。

そして、思いつくとすぐに行動に出た。

それだけ気持ちが大胆になっていたのだろう。

 

 椅子から降りて、靴を片方履いた。そして手にしたもう一方を、わざと

落とした。先生の足元に転がるように。

僕はおじいさんの耳元に言うように、小さく「あっ」と声を上げた。わざ

とらしく。

そうして僕は早鐘のように鳴り始めた胸を息を止めて抑えながら、先生の

足元に体を斜めに片膝を着いて靴を手にした。

手にしたまま、先生の開いてる裾に頭を下から入れるようにして覗いた。

触れないように気をつけながら…。

先生はおじいさんから剃られていて何もわかりはしない。見てるのはおじ

いさんだけ。

おじいさんの、泡を延ばしながら先生の髭を丁寧に剃ってる音だけ。そし

て僕の心臓の音だけ…

ドキドキがより大きくなり、止める息が鼻から否応なく漏れる。それが先

生の耳に届きはしないかと心配になる。

それを察したようにおじいさんが先生に他愛もないことを話しかけた。

僕の顔は先生の股ぐらを逆さから覗くような感じだ。

もうこれ以上は足に顔が触れるというところまで、白衣に少し触れて覗い

ていた。

 でも、覗いた先生の股ぐらは、越中を突き上げてるのを想像していたの

に、黄門さまのときと同じで緩めの脇から毛と金玉が少し見えただけだっ

た。

 

 ただ、前垂れを押しのけるように突っ張ってる先が、小便をした後だっ

たのか、ひょうたん形の滲みが、滑り気があるように濡れていて、小便の

口を縦に、張ったちんぽの先を、さらしの生地目を伸ばしてくっきりと、

黄門さまよりもでかくでかく見えた。

そして、先生が座り直したそのとき、奥から顔を目掛けるように生暖かく

鼻を突く匂いが、尻を上げた風と共に一気に吹き降ろして来た!

その強烈な匂いの臭いことったらなかった!

脳天に突き刺さり、むせ返るほどの青い生臭い匂いだった!



                                                     つづく 



[編集局注]

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