ぼくの恋人はおじいさん




                                         花栗 さん 



(13)



 翌朝ぼくは目を覚ますと、昨夜の襖の向こうの光景を生々しく思い出し

た。

その襖をベッドから仰向けに見て驚いた。

確かに閉めて寝たはずなのに、覗いたままに少し開いていた。

(閉めたつもりが、忘れて寝てしまったかもしれない)

あまりの予期せぬ大人のちんぽごっこに冷静な行動をとれるはずもなかっ

た。

(おじいさんに気づかれてしまったかもしれない。覗いてたことを…!)

そう思うと胸が布団の中でドキドキとしてきて、起きておじいさんの顔を

まともに見れそうにない。

と顔半分覗かせたまま耳を澄ましておじいさんの様子をうかがった。

 何時だろう。カーテン越しに部屋の中をもうすっかり朝の光が明るくし

ていた。

台所の方で朝ごはんの支度をしている音がして、ふつふつとご飯の炊ける

匂いが漂ってきた。

起きだして引き戸を少し開けて見た。

茶の間の向こうの台所におじいさんの後姿があった。

流しの下から味噌でも取り出しているのか、ステテコの大きなお尻で前か

がみにお玉を持っている。

上は茶色のカーディガンを着ているが、下は寝間着を脱いでステテコのま

まだ。

その突き出してるお尻を見ると、ゴムが緩いのかお尻が覗いている。食い

込んでる越中ふんどしを片方に寄せて。

(あそこに遠藤先生が顔を突っ込んで舐りよったんじゃ。)

昨夜の二人のことがまた思い出されてきた。

おじいさんを上に後さしになり、お尻の間からおじいさんのちんぽを咥え

て顔を覗かせていた光景を。

口いっぱいに舐りながらおじいさんのお尻を揉むようにしていた。

そのお尻を両手で広げると、先生は頭を持ち上げて顔を埋めたんだ。舐っ

てたちんぽを吐き出して。

唾まみれのちんぽが顔を滑り、ビクンビクンして、聴いたこともない呻く

ような声を出したんだ。

「ああ、気持ちいい。」と腰をくねくねさせて。

よくは見えなかったけど、先生の伸ばしたベロが見えたし、何度も頭を持

ち上げ顔を埋めていたんだ。ツルツル頭を隠すようにして。

(お尻ん穴を舐めるなんて。汚えごつねんかのう。ようあげんとこ舐るの

う。先生は酔うち馬鹿んごつなっちょったんじゃろか。
)

 

 

 おじいさんが腰を起こして、何か探す様子で振り向いたのを見て慌てて

戸を閉めた。

そして素早くまた潜り込んだ。そのとき、閉める音を立ててしまった。

その音が聞こえたのか、すぐにおじいさんの呼ぶ声がした。

ぼくは布団に頭を隠すほどにして、まだ眠ってるふりをした。

 ぼくを一度呼んだきり、何かひとり言が小さく聴こえ、やがて味噌汁の

いい匂いが漂ってきた。

お腹が鳴り、布団から顔を出すとおじいさんが呼びに来た。

そして、戸を開けるといやに優しい声で言うのだった。

「かおるくん。もう八時になりますよ。いつまで寝てるのですか。」

(やっぱり、昨夜ぼくが覗いてたこと知ってるんじゃないのか?だからわ

ざとあんなふうに言うんだ。
)

「ううーん。」

ぼくはまだ眠くてたまらないというふうに返事をした。

「さあ、ご飯を食べよう。顔を洗って来なさい。」

「うーん。」

 

 起き出したものの、ぼくはおじいさんと目を合わせるの避け、「おはよ

う。」を言うおじいさんに「おはむにゃむにゃ」と、さも眠そうに挨拶を

して洗面所に向かった。

そして、顔を洗うとすぐに部屋に戻り素早く着替えを済ました。食べたら

すぐ帰るために。

(ぼくが覗いてたことを知ってるのではないか?)

その気持ちがどうしても胸いっぱいにあって、おじいさんの行動を言葉を

全て疑ってしまう。

(いつ怒り出すのか。食べ終えてから言うのだろうか。)

ぼくはずっと目を合わさずに下を向くようにして恐る恐る、まるで行儀よ

く運ぶように一口ずつ口を動かしていた。

それは、口も手も震えそうだったから。

そんなぼくにすぐに気づかないわけがなかった。

「かおるくん。お腹の具合でもわるいのか。今朝のかおるくんは何か変だ

ぞ。」

その言葉に「ドキッ」とした。そして顔が見る見る赤くなるのが自分でも

わかった。

それをごまかすためにお椀を持つと、味噌汁に息を何度も吹きかけて湯気

を立たたした。

「熱はないか。どれ。」

と、伸びて来た手を額に触らせまいとご飯をかき込んだ。

「うん。だいじょうぶ、だいじょうぶだよ。すぐ治るよ。」

「そうか。夜中にまた蹴脱いだのかもしれんな。掛け直しておいたんだけ

どのう。」

それを聞いてまた「ドキッ」とした。

(先生が帰った後でぼくの部屋に入って来たんだ。)

「明け方はまだ冷えるからのう。」

(そのとき、襖が少し開いてたのに気づいたんじゃないだろうか。わから

ない。
)

「温まるといい。味噌汁もお代わりしなさい。」

「うん。」

そう返事したけど、ご飯もお代わりしなかった。ともかく早く帰りたくて

たまらなかった。

そして、一善で「ごちそうさま。」を言うぼくに、驚いた声で言った。

「もういいのか。お代わりは。やっぱり食欲が出ないんかの。」

 

 

 部屋へ戻るとぼくは素早く鞄と帽子を手に、帰ることを告げた。

顔は合わさずにそのまま茶の間に背をむけ、上り口に腰を下ろして運動靴

を履き始めた。

おじいさんが慌てて箸を置くと、廊下に素足の音させて傍に来た。

「いま腹薬を出すから飲んで少し横になってから帰りなさい。」

「うん。味噌汁でお腹が温もったごたん。もう痛みが無くなった。」

「ほんとか。」

「ほんとだよ。それに今日は友だちと約束しちょんきぃ。」

 だけど、おじいさんにはぼくの態度がよそよそしく映ったんだろう。

今朝はまだ一度も目を合わせていないし。合わそうとしないから。

靴の紐を結び終えて立ち上がったぼくはそのまま振り向かずに挨拶して帰

るつもりだった。

その背をおじいさんが呼び止めた。

「一体どうしたんだ。」

そして振り向いた僕の肩に手を置くと、引き寄せるようにして言った。

「何故そんな嘘をついてまで早く帰ろうとするのか。」

僕は装った心をいっぺんに脱がされた思いだった。

おじいさんにはわかっていたんだ。

そんな下向いたままの僕の顔を両手で包むと、覗き込んだ。

「かおる。」

その言葉にぼくはおじいさんの目を見つめた!今朝初めて。

呼び捨てにされたことの驚きと同時に、弛んで切れそうだった糸がピンと

張った思いだった。

楔の付いた糸で今、瞬時に胸深く繋がった。

 

 

 帰る道々、そのときの抱きしめられたおじいさんの胸と、ゆっくりと呼

吸するお腹を思い出しては手を顔に当てて歩いた。

もうおじいさんの家に寄ることもしまいと考えていたから。

「さよなら」を言おうとしていたから。

それが「かおる。」と見つめられたとき、おじいさん自らぼくの不安定な

気持ちを救ってくれたんだ。

どうしていいのかわからなくなりそうな心を。

 それで遠藤先生との関係にやきもちを妬くことが治まったわけではなか

ったけど。

気持ちの整理がつくまでにはだいぶ時間が必要だったけれど。

まだ大人の世界がわからないのは当然だったろう。

 

 ぼくは家へゆっくりと遠回りして帰って行った。

友だちに出会うことのない畑道を、抱きしめられたおじいさんの余韻に浸

りながら。

おじいさんが、ぼくが覗いてたことを知ってたのかどうかはわからないま

まだけど。

カーディガンの、息遣いを思い出しながら。

「わしの大事な息子じゃ。」

とそう言って頭を撫でられた感触を、帽子を脱いで手を当ててみた。

 辺りは一面、麦が色づきはじめていた。

その吹く風が、心地良く芳しかった。



                                                     つづく 



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