もりつぐさんのエッセイ №5            .




もりつぐの回想:          .


安寿さんのこと ⑤



休みが取れるのは、夏しかない。指定された場所に向かって、新幹線を乗

り継ぎ、一番札所に向かいました。
2005年、徳島はことさら暑い。AJさん

はとっくに着いて、待っているはずです。

 

列車が着いたのは、午後八時過ぎ。指定された旅館の明かりを見つけ、ホ

ッとしました。玄関で受付を済ませて、二階の予約した部屋に到着する。

暑い。汗が吹き出すのを肌で感じる。

 

「よく来たな。」日に焼けたAJさんの短髪がほころびます。無駄肉を削(

そ)いだ、ぎりぎりの筋肉質の身体。鼻を衝(つ)く懐かしい身体の匂い。

私の好きな
AJさんです。

 

二、三人の先客がいました。靴擦れ防止の講習会です。申し合わせたよう

に白い越中たちが、踵(かかと)にテープを巻いています。時々、テープ

の具合を確かめる
AJさん。面倒見のいい人なのです。それを見込んで、82

番札所の巡礼札所の和尚が、お先達(初心者の指南役)に推薦したのも頷

(うなずけ)ます。

 

頃合いを見計(みはか)らって、新米のお遍路たちが引き揚げます。今度

は、私の晩です。パンツもとって、目の前で素っ裸になります。本当に生

まれたままの姿です。

 

即興のお遍路

 

それを確かめもせず、用意した「お遍路衣装」を差しすAJさん。早く着替

えろと無言の催促(さいそく)です。

 

用意した着物はすべて白。一つ一つ、確かめて、身に付けていきます。

 

まずは越中ふんどし。肌触りがいいのは、洗いざらしを手で縫ったからで

しょう。
AJさんは、事(こと)お遍路に関するかぎり、奥さんの手を煩わ

さない人です。裁縫(さいほう)は、どこで習ったのか。

 

木綿の上衣もとても肌触りがいい。多分、おさがりの品のはず。匂(にお)

いがしないのは、洗って何度も陽(ひ)に当てたからでしょう。木綿のズ

ボンに、木綿の足袋。草鞋(わらじ)。肩から下げるズタ袋。これは新品

です。

 

そして般若心経の経本、必需品です。そしてお遍路の地図と予定表。すべ

てがきちんと整っている。
AJさんらしいと改めて思いました。

 

たった一人のために、スケジュールを作るAJさん。有り難かった。新入り

のお遍路さんの出来上がりです。

 

「明日は早いから、早く休め。」

 

素早く布団を用意しながら、お先達(せんだち。ここではAJさん。)。部

屋は広めの
12畳。暗がりに並ぶのは、布団二つだけ。平行に間隔をあけて

あるのは、性格どおりです。

 

先達は、浴衣を着て寝ます。うすい浴衣です。私は素裸(すっぱだか)。

これは昔からの習慣です。

 

ふと、懐かしい昔が目に浮かびます。祖父の家は広い藁(わら)ぶきでし

た。昔は庄屋で小作も多かったと祖母の話です。祖父だけ寝間(ねま)で、

一人で寝る。女子供は、仏間の裏、窓もない大部屋です。男尊女卑の典型

が、戦後すぐには、まだ生きていました。

 

総領の私は別の扱い、跡取り息子の跡取りは、跡取り。だから祖父と同じ

で、蚊帳(かや)の吊(つ)ってある寝屋(ねや)で休む。それがこの家

のルールです。人々は、今もそう信じています。

 

暗闇の長い廊下の先の厠(かわや)に行く。暗闇は怖いけど、祖父がいる

から平気でした。用をすませば胡坐(あぐら)に座れる。座れば祖父の温

かい皮膚がある。ピタッと抱かれるのがいい。胡坐(あぐら)は、「私だ

けのもの。わたしだけの特別席。」 理由もわからず、そう信じていまし

た。

 

だからここでも裸になる。祖父がいるから安心だと信じていました。

 

隣の布団にもぐりこんだとき、スートと手が伸びて来た。

 

「早く寝よう。KMさん。明日は早い。」

 

となりの寝息が聞こえてきました。初めてのお遍路の夜のこと。

 

(つづく)









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