もりつぐさんのエッセイ №7            .




もりつぐの回想:          .


安寿さんのこと ⑦



 飾らない人柄、中肉中背

Kさんは、「老いのときめき」の初代の主宰です。自ら「庵主(あんじゅ)」

と、称して憚(はばか)らなかった、面白い人です。容貌(ようぼう)は

英語ではルックスですが、日本語では面影(おもかげ)。沖縄方言では、

「うむかじ」といいます。たぶん、古い大和言葉が、そのまま今日まで生

き残つたものと考えていいでしょう。この言葉の響きには、愛(いと)し

い人の面影を連想させる、深い意味が潜んでいると、勝手に推測していま

す。

Kさんの顔を思い浮かべるたびに、中低音の響きが耳の奥に聞こえてきます。

中肉中是、短髪の素朴な人というのが、今も脳裏(のうり)にある
Kさん

の印象です。それは今もずっと変わりありません。なぜか思い出すたびに、

懐(なつ)かしい気持ちが蘇えってくる人柄なのでしょう。
72歳になる私

には、戦時中に田舎に疎開した経験があります。快速電車で一時間半のと

ころにある普通の田舎で、最近までは農業が中心でした。その故郷のイメ

ージと、
Kさんのイメージが重なって、懐かし気持ちになるだと解釈して

います。


 関西方言の人

Kさんの話(はなし)言葉は、関西方言だったと思います。 貧乏で子沢山

だったからでしょう。幼いころ養子に出され、さんざん苦労したと、メー

ルで話してくれました。

「ごめんね。ごめんね。いらない子だったから。」

何度も繰り返された、母親の謝罪の言葉です。でも、幼い子供を養子に出

さねばならないほど、山奥の経済は逼迫(ひっぱく)したものだったに違

いありません。メールをやり取りするうちに、目にした、忘れられない言

葉の一つです。人には言えない、辛く悲しい事情なり、背景があったに違

いないのです。

私の場合、父親の実家は、静岡県の富士のふもとの寒村でした。甲状腺の

手術を真近に控えた40歳のころ、家族で出かけた父の実家は、古い藁葺

(かやぶき)の農家。富士の用水事業は大変だったと聞きました。墓所は

畑の隅のところにあり、ただ石を並べただけの粗末なものでした。分かっ

たのは、長く続いた農家という、ただ、それだけのことでした。

会社には関西系の人が多かったせいで、Kさんの関西弁には、違和感はあ

りませんでした。逆に親しみを覚えたくらいです。関西系の言語と言って

もで、大阪と京都の間に、かなりの隔たりがあることに気づいたのは、大

人になって言語学を学んでからです。

 

 大切なこと―男好きは疎外される

大事なことを書かねばなりません。日本の社会では、男が好きという性質

は、表に出せない事情があります。分かれば「あいつはおかま」とひどい

レッテルを張られ、有形無形の差別を受けることになるからです。

子供を生んだ母親は、早くから気づいているはずです。年ごろなのに、女

っ気がまったくない人も中にはいます。もちろん親だから心配になります。

女より男が好きという性質が分かれば、ひどい差別に会うのが普通です。

だから隠そうとする。ひどい差別や偏見の対象になる事は、誰もが避けた

いからです。親なら子供を守るのが普通です。

最近では、性的マイノリテーは、社会学的な事実であり、個人の努力だけ

では解決できない問題と理解されるようになりました。その性(さが)は、

個人に責任があるのではなく、遺伝的なものだから、彼らの権利は、社会

的に守らねばならないという風潮に変わってきています。でも日本では、

まだまだです。中々変わらないのが現実です。「おかま」という蔑称は、

差別用語である以上に、「男好き」に生まれついた男たちの基本的な人権

や権利を蹂躙(じゅりん)している、差別感情だと考えるようになりまし

た。

内面の暗い恥部に向き合う勇気は、庵主のKさんが与えてくれました。最

初にくれた返信の中にこのサイトを作った理由がはっきり書いてありまし

た。お遍路宿でくつろぐ六尺姿のポートレートも同封してありました。

(お遍路に早く来というメッセージでした。)

年寄りが好き、男が好きという性質が生まれつきの場合、大変なことです。

もちろん、これは、私自身の事なのです。フケが好きというのは、普通の

男ではない「異常な男」のことであり、「家庭も持てない」、「まっとう

な仕事にもつけない男」と見なされることです。だから、男が好きという

性(さが)は、人には言えずに、一人で悩み、処理しなければならない性

(さが)です。絶対に知られてはならないもの、一人で耐えるもの、と考

えられてきました。社会の中で大(おお)っぴらに論じ、理解すべきもの

ではなく、また、討論するサイトもなかったのです。

 

Kさんは、早くからこの点に気づいていました。 彼は次のように書いてい

ます。

「私がこのサイトを立ち上げた理由の一は、人間の表と裏、特に裏の世界

でセックスに関することを自由に発言する場所を作りたかったからです。

淫らな言葉を思う存分書くことで、ストレスを解消するとともに、本来の

自分というものをじっくりと見つめてみたいと思ったのです。(中略)

 

メル友の皆さんにお約束していることは、頂いたメールの内容を他人に横

流しをしないことです。心おきなく思いの丈を吐き捨てて頂きたいと思っ

ています。貴兄も過酷なお仕事のストレスを、私へのメールで昇華して

頂ければ、毎日が日曜日の私でも、社会のために何か役に立っていると頑

張ることが出来ます。

 

常日頃誰にも言えない自分の思いを作品にして発表することは、予想外の

ストレス解消になるようです。ハンドルネームで身元が割れないようにす

る注意は必要です。その点は、編集の時に注意をしております。もっとも

この作品を読む人自体が特殊な性癖を持った人ばかりですから、考えよう

によれば、それほど神経を使うこともありませんがね。」

 

環境か、遺伝か

なぜ、男が好きなのか。早く父を亡くしたからだと単純に考えていました。

男親がいない代わりを私がやる、と勝ち気な母親は宣言しました。我が儘

で、世間知らずの女性でした。女が嫌いになったのは、この母親のせいだ

と思っていました。でも、そうではなかったと思います。なくなるずっと

以前から、男が好きだった筈です。ある種の遺伝かもしれない。生まれつ

きの性質だとも今では思っています。

中学を卒業してから、自分の性(さが)に気づきました。通った学校は工

業系で、夏と冬に実習があります。そのために、近くの工場に通いました。

工場は、男の世界で、職長も班長もみな男性ばかりです。仕事が終われば、

風呂場で裸になります。昔は、ほとんどの人が、褌(ふんどし)です。主

流は、越中褌、作るのが簡単だからです。六尺をきちっと締める班長もい

ました。年寄りの褌(ふんどし)は好きで、格好がいいと思っていました。

仕事の後の大浴場の褌の風景は気に入っていました。

年配の班長に聞かれました。「女と寝たことはあるか。」

「ない」と即座に答えました。

「そうかセンズリか。」

未婚の男がセンズリを掻くのは当たり前のこと。センズリは簡便な性欲の

処理法と割り切るには、若すぎたのです。悪気はなくても、うれしくはな

い言葉でした。

ところで、お仲間には、素朴で、お人好しが多いと気づきました。男性志

向の人たちには、礼儀正しく、人に迷惑をかけない人が、結構、多いと思

っています。でも伝統的な日本社会では、男好きは一種の禁忌(タブー)

です。世間的にそう認知されると、ひどい差別にあいます。自殺する人も

いるほどです。

(つづく)









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