昼顔さんのエッセイ №1             .




映画に触発されて



公開中の映画「リリーのすべて」を観て来ました。トランス・セクシャル

の先駆け、約80年前に性別適合手術を受け、
MtF(男性から女性へ)へ

と、トランスセクシャルを果たした男性が主人公、そしてその夫婦のお話

しです。

 

我と吾が身に当て嵌めてみました。 つらつら考えますに、バイ・セクシ

ャルの中にあって、同性愛の閨に際しては須くウケの私には女性の心が宿

っているのではと、従って普遍的な女性の態様たる受動性が発露している

のではと、斯様に考えてしまいます。 抱くより“抱かれたい”、攻撃的

に責めるより“責められたい”、貫くよりも“貫かれたい”、等々。 性

向としての
M性とも相俟って、私自身、考えさせられる、いや、改めて考

えを新たにさせられる映画でした。

 

精神医学上は、(1)TS(トランス・セクシャル):性転換を望む。 

(2)
TJ(トランス・ジェンダー):違う性の役割を果たしたいが、TS

までは望まない。 (3)
TV(トランス・ベスタイト):異性装で満足。

と、この三つに分けられるそうですが、然らば私は
・?・ (2)なの

では
・?・ でも、性転換を望む気持は全く無かったのか、今でも無い

のか
・?・ 

 

即ち、トランス・ジェンダーとして違う性の(男ではあるが女の)役割を

果たしたいとする同性愛のウケなのかも
・?・ 

 

投稿し掲載戴いた体験記で述べました様に、自己の性癖性向に目覚めたの

は、自覚しましたのは、
M性の方が先だった様です。屈強な男衆から折檻

されたいと・・・、勿論、裸に引ん剝かれて。

 

従って団鬼六の「花と蛇」、そのヒロインたる遠山静子に憧れたのでしょ

うし、ジョゼフ・ケッセル著「昼顔」のヒロイン、セヴリーヌ(カトリー

ヌ・ドヌーヴ)に対する鞭打ちシーンに身を焦がしたのでしょう。 女で

ありたい、女であれば・・・ 何度想った事か。

 

ならば私の同性愛嗜好は何・・??・・ 私自身が女の心で接し、そして

ヴァギナ(
V)の代替としてアヌス(A)を差し出し、なのでしょうか・

?・ お相手のパートナー氏に取っては、唯単に締め付け感をのみ論ずる

ならば、器官としての
AVに勝るとも劣らないものでしょう。  一方

の受け入れる私自身も、殿方(同性ですが敢えて殿方とします)の男根の

温かさ、いや、熱さを痛みの中にも実感できます。 棍棒で掻き回される

様な、とまではいきませんが、挿入時の、特に亀頭部を吞み込むまでの痛

みには、貫かれ征服されていると云う悦びに浸る事は出来ます。痛みの中

にも。

 

初めての鶏姦、アヌスに受け入れた時の痛みは想像を絶する程でした。本

当に張り裂けてしまうのではと、これが破瓜の痛みであったにしても、女

性の
Vと男性のAとでは比肩出来る筈も無く、思わず懇願し哀願して止し

て戴きました。引き抜かれる時の痛み、引き攣り感は今でも覚えています。

 

とまれ、私の心の中には女性の部分が棲み付き根を張っているとすれば、

前記した三分類の内の何れに該当するのでしょうねえ・・・

 

唯一言えます事は、男性の身体の、就中 男根に私は惹かれます。男根の

造形美、力強さ、逞しさ、はち切れんばかりに漲った時の色・艶・輝き。

射精間近の準備たる睾丸のあがり。パックリ開く鈴口、等々。(女陰は何

度見ても美は感じません。寧ろ醜悪に思います)

 

トランスセクシャルの映画を観て、要らざる駄文となったのではと、然も

取り留めも無く。 だとすれば恥じ入るばかりです。「老いのときめき」

からは逸脱しはすまいかと、その場合は何卒スルーして戴きたく存じます。











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