越刎さんのエッセイ №7                .




私のスポーツ人生



(2)高校時代



 一浪して大学に入りました。卓球をやろうと思っていましたが、卓球部

が遠く離れた別の学部だったので諦めました。ストレートで入った同じ高

校の友達が身長が高かったのでバスケットボール部に入っていました。彼

に誘われてバスケットをやり始めました。素人に近い私は練習ばかりで試

合にはなかなか出られませんでした。工学部でしたので練習は5時から2

時間週に2回です。それで母校の定時制の体育館に行って練習しました。

当時関西地区のリーグ3部までありましたが、私の大学は2部でした。6

チームのうち何時も中位でした。私の学年では4人ほど入部しましたが、

途中で他の人が辞めて私一人でした。1級下は6人いて皆上手でした。そ

れで2回生になっても試合に出られませんでした。3回生になって初めて

試合に出して貰いましたが、なかなか得点が挙げられません。もっぱらサ

ポート役です。

 国立でしたので前期と後期の試験の前1か月は練習はなく、もっぱら勉

強でした。それで集中して勉強する癖が付きました。これが社会に出た時、

納期一杯に間に合わせる力になったと思われます。

 大学では毎年運動のクラス対抗がありました。私は全ての種目に駆り出

されました。サッカーもやりましたが、素人では上手くボールを納められ

ず、シュートも弱弱しいです。バスケットと卓球は皆をリードしましたが

野球とバレーボールはまあまあでした。

 夏と春の長期の休暇には合宿がありましたが、他の日はメーカーの設計

部に行ってアルバイトしました。稼いだ金で当時はやり出したスケート場

へ滑りに行きました。借靴でしたので上手にはなれませんでしたが、そこ

そこ滑れました。それで30年後、出張でニューヨークに行った時、ロッ

クフェラーセンターの野外のアイススケート場で滑った思い出があります。

 バスケットボール部では4回生になった時一人だったのでキャプテンを

しなくてはならず、就活をほったらかして練習や試合に行きました。この

年のリーグ戦では連戦連敗で最下位になり3部との入れ替え戦で負けて3

部に落ちました。私の責任です。ただ1試合私が神がかりのプレーで今ま

では10点未満だったのが、この日は20点もあげ勝を納めました。その

後は抑えられ得点を余りあげられませんでした。その試合の様子は今でも

思い出せます。

 そんなこんなで就職が出来ず1年大学に残りました。











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