越刎さんのエッセイ №8                .




私のスポーツ人生



(3)大学時代



 28日のW杯アジア最終予選のサッカーですが、日本対タイの試合を見ま

した。日本はタイを格下とみて安易な気持ちで戦いましたが、タイのプレ

スディフェンスに戸惑い、パスはカットされ1
対1の局面やセカンドボー

ルも取られボール保持率はタイの方が上でした。にもかかわらずスコア―

は4-0と快勝のようですが、決定力の差が出た結果でした。こんな戦い

を今後も続けると今の順位は危なく、本戦には出られなくなります。

 

 

 話は私のことに戻りますが、就職活動はせず、すべて大学と教授にお任

せしていました。4
回生の時も残った年も大学の推薦で一流企業に臨みま

したが、あえなく落選。

最後は教授の紹介で三重県の従業員80名程度の小企業に止む無く就職しま

した。

 ここで夏場は軟式野球と卓球をやっていましたので仲間に入れて貰い楽

しみました。

 

 この軟式野球での思い出の一つに甲子園で優勝したピッチャーの兄貴が

いたチームとの試合でした。初めての対戦でしたが、ランナーがいて私が

打者の時
球目アウトコースのボールをうまくライト線へ持って行きまし

たが、惜しくもファールでした。途端インコース攻めで全くボールが当ら

ずあえなく三振した記憶が今も頭に残っています。如何にコースを突くこ

とが大切なのか、この時以来プロ野球の試合を見るポイントが変わりまし

た。

 現在日ハムの大谷投手でもコースを間違えれば打たれます。やはり制球

の良い人がいいですね。

 

 この会社に年近くいて教授の紹介で現在の石川県の中企業に代わりま

した。ここは
200人ほどの従業員でしたが、大半は中卒の集団就職の人でし

た。女子が多く、ここで女子のバレーボールと卓球のコーチとして市内の

大会に出場しました。そこそこの成績でした。

 

 私自身は遊びでしていましたが、その後は接待のためゴルフとボーリン

グで楽しんでいました。

 

 ゴルフは卓球をやっている人は右腕の肘が曲がるのでボールがどうして

もまっすぐ飛んでくれません。長くやっていましたがやっと
100を切る程度

でした。
これはオイルショックの時、給料が下げられ、女房に辞めさせら

れました。











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