葛飾のとらさんのエッセイ
 №5            .




初めての全身麻酔



今まで手術で入院したのは20代の時に盲腸を取った時だけでした。

盲腸など病気のうちに入らないと言いますが、私の場合は、痛くなって

も仕事の都合で延ばし延ばしにしていたため大きく膨らんで破裂寸前で、

切り取った先生もこんな大きな盲腸は見たことが無いと言っていたそう

です。若い看護婦さんに剃毛された時に大きく膨らんでしまった恥ずか

しい記憶より、腰椎麻酔の注射の時の気絶しそうな痛さが今も忘れられ

ません。

 

何年か前に虫歯の治療あとの被せ物が取れてしまったため、近所の歯

科医に行きました。それ以外にも治療した方が良い部分があるという事

でレントゲンを撮ったところ、歯科医から、「どうしてこんなに放って

おいた!もう此処では治療できないぞ。紹介状を書くから大学病院へす

ぐに行きなさい。何かの拍子に顎の骨が砕ける危険がある。」と、言わ

れました。レントゲンに映っていたのは、鶉の卵程の嚢胞でした。膿が

溜まって顎の骨を溶かし続けているそうです。

 

数日後に紹介状を持って大学病院の口腔外科に行きました。病院の空

きを見ながら早めに手術をするように勧められましたが、予約の関係で

最短でも2~3か月先になるとの事でした。手術前に何度か通院しまし

たが、ほとんど手術の説明と検査ばかりでした。株主総会や月初の締め

作業なども考慮し、3か月先の月の中旬に入院、その月いっぱいで何と

か出社できるように予定を組んで頂きました。

 

手術時の立ち合いは妹に渋々了解を貰い、自作の越中ふんどしをスー

ツケースに忍ばせて入院しました。手術前なのに越中ふんどしを締める

ことを楽しみにするほど別な意味でビョーキです。入院してから手術ま

で4日くらいかかりました。
AIDS検査の同意書を書くように言われた時

には、99%あり得ないとは思いましたが、ちょっと擦ったり、擦られ

たりも含めれば、20代30代の頃にはざっと数百人いや千人くらいは

接触があったので少しだけ不安でしたが、陰性と言われて安心しました。

逆に言うとあれだけ遊んでもセーフだったのだから、これは運しかない

だろうなと感じました。

 

手術は午後1時から4時までの予定で、楽しみにしていたT字帯代わ

りの自作越中ふんどしの出番はなく、全裸に手術着でがっかりでした。

(全裸に手術着の意味が後になってわかりました)ストレッチャーに乗

り手術室へ入りました。

手術台から見渡すと性別や顔、年齢を確かめる余裕はありませんでし

たが、7~8人が忙しく動き回っていたように思います。主治医の先生

の顔は見つけられなかったので、執刀医や助手、インターンの学生など

は後から入ってきたのかも知れません。

大学病院などは10人くらいの学生が見学をしていると聞いたことが

あります。点滴やそれほど痛くない注射を打たれ、落ちていくこれまで

体験したことの無い瞬間を味わいました。眠る・目が覚めると、落ちる

・意識が戻るの違いがわかったような気がしました。

 

意識が戻ったのは午後3時半くらいだったようですが、麻酔で落ちて

からの2時間は記憶にも、身体のどこにも痕跡が無く、誰かが時間を持

ち去ってしまったかのようでした。意識が戻った直後に違和感を覚え、

鼻、チンコ、肛門にチューブが入っているのがわかりましたが、同時に

チンコと肛門からチューブを引き抜いているのもわかり、しばらく不快

感が残りました。チンコに管を入れたのは男だったのか、背丈の割に小

さいと思ったのだろうか。歳の割にはきれいな亀頭なので、経験が少な

いと感じたのだろうか。肛門に管を入れたときも、こいつは遊んでいる

なとかバレていないだろうか。考え始めたのは病室へ戻ってからでした。

以前、スナックのお客さんで病院関係の方らしく、面白おかしく話をし

ていたのを聞いたことがあるので、自分の事になったら、やっぱり、業

務上の秘密として守秘義務は守って欲しいと勝手に思いました。

 

病室に戻りベッドへ移った直後に、妹の、「息子の塾の送迎があるか

ら帰る。お大事に!」との冷たい言葉に、「ありがとう」の言葉も出ま

せんでした。手術箇所は右下の4番から6番の歯の下のあたりの顎で、

顎を削り嚢胞を取り除き、傷口は両端こそ縫ってありましたが、真ん中

はガーゼが詰め込まれているだけでした。

 

顎の骨を削ったうえ、たいして縫いもせずガーゼを詰め込んで回復を

待つなんて、人体は不思議だとつくづく思いました。しばらくは鼻から

飲む食事やお茶に苦労しました。最も辛かったのはガーゼ交換でした。

ガーゼが骨にくっついて、剥がす時の痛みは日を追うごとに増してきま

した。術後は順調で流動食や水分を補給するための鼻のチューブも取れ、

自分でするガーゼの交換方法を教わり、予定より早く退院できました。

退院後何週間かでガーゼの代わりにマウスピースのようなカバーを付け

ているうちに、傷口も閉じ始め、順調に骨が再生され、術後の通院は毎

回順調で3年から5年くらいで完治するとのこと、もう、完全に再生さ

れた頃だと思います。

 

病院の風呂場に様子見に行ったり、休憩コーナーで入院患者やその家

族などを物色したり、先に退職した好みの爺さんが見舞いに来てくれた

時に良からぬ事も考えましたが、鼻からチューブを出している自分に嫌

気がさしていたのか、流石に病院と言うところは空気が違うというか、

男色の思い出は作れませんでした。

最も悔しかったのが、主治医を始めスタッフほとんどが女性で、他は

全く興味が無い若い男の子だったことです。

『皆様、たかが虫歯と侮るとエライことになりますよ!』

おわり










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