倉爺さんのエッセイ №1                     .




倉爺の戯言


(1) 老齢83才の独り言



                                         29年8月19日

この手記は80才に成らんとする時、何か記念になるものを残したいと思

い書き始めたもので、倉爺の手慰めに始めたました。誰かに見せる為ので

はなく、お倉に入ってたものです。

今回、生い立ちの記を老いときに投稿するようになり、老いときの管理人

さんに相談した結果、意を決して投稿することにしました。

 

俺も11-10で84才になる。長いようで短いかもしれないが矢張り長

い歳月でした。長い年月を経て現在心身に去来する物事を、秩序の無い呟

きを、自己流に文法など意に介せず、出たとこ勝負で誤字、脱字等気にせ

ず、誰に読ませる訳でもなく、閑に任せて書いてみようと思っています。

 

今のところ負の財産は無く、勿論借金は一銭も無く、家内の年金と二人合

わせれば食べるだけは出来ます。現役時代から老後の為、老後の為と我慢

して少しは蓄財をしました。預貯金の通帳は俺が持ってると使い果たすか

らと、子供達に散々言われ、今は家内に全部預けています。

俺の財産は死んだら貰える生命保険と土地家屋だけです。生命保険の保険

料は全て払い込み済みでいつでも解約できます。一番気をつけてる事は誰

しも同じで健康維持です。

この年に成れば死ぬのはボケか癌だけでしょう。24年8月30日に女子

医大で早期発見で小さな癌をカテーテルによる治療を終え、来月の16日

に結果の検査に行ってきます。結果が悪かったらその時考えます。今から

クヨクヨしても始まりません。

 

家族全員大過なく暮らしており、年寄りの出る幕はありませんが、親と言

う人種は生きてる限り子供の事で心配してる嫌な人種ですね。

 

 

84才に成る今日まで何を成し遂げてきたのか? 無意味な日々を積み重

ねて来ただけか。

社会に認められるのは、子供の義務教育の期間、二人とも一日の欠席も無

く通学させた事が俺たち夫婦の自慢の種です。特に家内の努力なしには絶

対に出来なかった。

他には人様に後ろ指をさされなかった事。田舎からのポット出が土地家屋

が所有出来た事。緻密な計画性が無く、大雑把で、生まれ付いての脳天気

で、その時になって始めて真剣に考えてました。数年分に関しては常時2・

3年は大丈夫であるように何時でも手配出来る手筈を整えておりました。

 

今現在、家族には可も無く不可も無く、自分は自分で対処できる器量は持

ってると自負しておりますが、イザと言う時には、倉爺の指揮のもと全員

で助けあいます。

この広い世の中には何億とも人が居ますが、芯に助け合えるのは家族でし

ょう。

 

最後に倉爺の問題の健康の事ですが、4年前から抱えている肝臓癌の事で

す。

主治医の東京女子医大のK先生に倉爺の身を預けて、煮るなり焼くなり、

自由にしてくださいと、お願いしております。しかしK先生は以後、癌細

胞が進行した際にも外科的な手術と抗癌剤は使用しないと約束しておりま

す。外科的手術は、癌細胞の大きさと80才の年寄りとを考えると、効果

よりも負担と回復力の方がリスクが大きい。抗癌剤は髪の毛が抜けるし、

副作用の激しさを勘案しても年寄りの負担の方が大きい。以上2点からの

結果です。倉爺もK先生の意見に大賛成です。後は自分の寿命だと覚悟し

てます。

 

 

 

体の芯まで染まってしまった男気だけは完全には制御出来ず、悩ましいで

すが、今でも制御出来ずにいますから、延長だと思えば良いですかね。

 

今まで付き合って来た人達の面影が今でも胸にチラツキ、忘れ得ぬ良い人

達でした。

何故に今でも別れた人の面影を追いかけているのか、倉爺の優柔不断の成

せる業、どんなに考えても解決しない、堂々巡りです。とは言うけれどあ

の素敵な人は忘れられません。   

 

桃栗3年柿8年、達磨は9年で俺一生、です。煩悩は煩悩で大事に胸底に

仕舞って生きて行きます、あの世までも。  

一生かけても大願成就出来ない、倉爺の戯言です。

 

まだ書き足りませんので、いずれ暇な時に続編を書き足してゆきます。

                                             倉爺











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