美篶(ミスズ)さんのエッセイ №78               .




タチとウケ



タチって何だろう、ウケって何だろう。

わたしがこの世界、つまり男色の世界にのめりこんだのは、現役最前線から

閑職に退いた、古希寸前のころでした。

心にゆとりが出始めて、昔から抱いていた男の人に恋焦がれる性向が急速に

高まってきたのです。暇に任せてネットサーフィンをしていたとき、この種

の長編小説に行き当たり、夢中になって読み耽りました。

次々と登場する、わたし好みの熟年男性と精力絶倫で均整の取れた好青年の

絡みに興奮したわたしでしたが、隠語がわからないことには困り果てました。

「ノンケ」という言葉すら知りませんでした。

ですから「タチ」と「ウケ」についても、初めはずいぶんおかしな解釈をし

ていたものです。自分は「タチ」だと思ったことがあったのです。

なぜかというと、好みの熟年者に出会ったりすると、ぼくの下半身は痛いく

らいにそそり立ってきたからです。でも、そんなことはとんでもない見当違

いだということはすぐにわかりました。

 

「ゲイ思考」。わたしが、昔からこんな考えを持っていたことは、まちがい

ないと思います。

職場旅行などで、周囲の男性が歓楽街で色めき立っているとき、わたしはし

らけていたのです。

物心ついてまもなく父親を失った所為か、中肉中背小太りで髭の濃い熟年男

性にあこがれていました。いかにも頼り甲斐がありそうに感じたのです。

 

短期間のうちに、この世界の知識を無作為に吸収していました。そして、未

消化で吸収された諸知識が、わたしの古臭い頭脳の中で再構築されていたの

です。ことほどさように、この「タチとウケ」に対する考え方も、少しずつ

醸成されてきていました。

そしてこんな時期に、わたしが求め焦がれていた、相方ともめぐり合うこと

ができ、夢中になっていったのです。しあわせでした。

 

あるとき、その彼に言われた言葉に、ぼくは思わず反発していたのです。

「篶ちゃん、あんたはどうしてそんな卑屈な態度の物の言い方をするの?自

分を卑下するような言葉を使うなんて許せないよ。もっと『対等の立場』に

なって話をしようよ」

「それは違うと思います。『タチ』のあなたはそう言えるかも知れないけど、

『ウケ』のわたしの立場も考えてもらいたいのです」

といいながら、わたしは前から感じていた、「タチとウケ」の違いについて、

とくとくと意見を述べてしまいました。

 

「わたしは少し古い人間かも知れません。わたしが思っている『タチとウケ』

での『対等である』は、友人としての付き合いの『対等である』とは大きな

差があります。 

『対等である』という表現を、一般的な用法と特殊な用法に分けて考えるべ

きだと思うのです。

友人としての付き合いでしたら『一般的な対等』で良いと思います。

しかし、その関係が『タチとウケ』ということになると、『対等』という表

現は、もっと幅を狭めた『特殊な対等』にしなければ無理が生じると思うの

です。

 

『タチとウケ』の関係は基本的には『能動と受動』の関係に通じると思って

います。

『能動・受動』の関係では、自ずと『主・従』と言った思考が働いてもやむ

を得ないと思うのです。

そんなところから『ときどき卑屈とも思える態度(言葉)』が出てしまうけれ

ど、これは『ウケ』の宿命だと思います。

 

こうした言葉が出るのは、『相方を失いたくないあまり』の気持ちがエスカ

レートする結果だと思っています。

もし『ウケ』が『対等』だからといって、『タチ』にズケズケ物申したとし

たら、『タチ』の面目はどうなるでしょう。

『タチ』の立場としては許し難いことかもしれません。

 

反面、受身の立場で考えてみると、『タチ』から屈辱的とも取れる言葉を発

言されたとしても、それを耐え忍ぶ気持ちがなければならないと思っている

のです。

わたしは『タチとウケ』の長続きの秘訣はここにあると思っています。そこ

には『忍従』という言葉が見え隠れしても良いのではないでしょうか。

そんな意味で『タチとウケ』の関係における『対等』という考えにたどりつ

くのだと思います」

 

こんな話を彼に伝えて、まとめとして次のように書き送ったのです。

「くどくなりますがもう少し書きます。

『タチとウケ』の関係は『夫婦(めおと)』の関係だと思っています。わたし

が子供のころ見聞きした夫婦関係、そしてそのころを偶像化しているわたし

にとって、貞淑な妻が夫に対する態度は自ずと決まってしまうのです。そこ

に10歳も若いあなたの考え方と多少のずれがあっても良いと思っています」

と。

 

何が何でも「タチ」である彼の言うことを聞かなくちゃ、という考えを強調

したのです。あっ、これって、もしかしてマゾの世界?……飛躍しすぎです

かね。

 

 

団塊の世代といわれた熟年男性諸氏のなかで、「ウケ」を自認されている方

はどう思われるでしょうか?

「タチ」の方々にとっては歓迎されるのでしょうか?

おしまい










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