S.T さんのエッセイ 19                  .




追 憶



昨年8月に大好きだった義父が亡くなりました。

「夕飯だよ」といつものように茶の間の義父に声を掛けました。

「はいよ」と言う返事を聞いて、お勝手に戻って焼酎の水割りを作りまし

た。義父はいつも、食事の前にトイレに行くので、その前に2口くらい飲

んだ頃義父がやってきました。急に階段のところに座りこみました。

「どうしたの」と、娘が聞きました。「急にお腹が痛くなった。」とお腹

を押さえています。「大丈夫?」と言いながら義父のそばに行きました。

「大丈夫、「どうしたんだろうな?」と言いながら、お勝手にやってきて

椅子に座りました。

「爺ちゃん、顔が白いよ、医者へ行った方がいいな。」娘が言いました。

「医者へ行くほどじゃないな、向こうへ行くわ。」と言いながら、茶の間

へ行きました。

「医者へ行った方がいいよ。」娘が言っています。

「俺、運転していくか?」

「だめ、少しでも飲んだんだから、お母さんと言ってくるから。」

「爺ちゃん、医者へ行くから着替えて」と妻が言うのが聞こえます。

「じゃ、行ってくるね。」

「うん、気を付けてな。」

それが、7時半ごろの話です。

その後、飲む気にならず、残りは捨てました。

 

11時少し前、娘から電話がありました。

「血圧が下がって来たから、医者へきて。」

「分かった。」これは、だめかもそう思いながら車を運転していました。

病院へついて、治療室へ行った時

「少し前に止まった。」と妻が言いました。

それからは、怒涛のようにやることが押し寄せ、時間が過ぎていきました。

 

たまたま、安置所で2人きりになれる時間がありました。その時、「おやっ

さん、ありがとう。おやっさんがいたからここまで頑張ることが出来たよ、

あの時、わがままいってごめん。でも、あの時の思い出があるからこれか

らも生きていける。」とお礼を言いました。

 

『あの時の思いで』は、元祖「老いのときめき」に『義父への思い』とし

て書かせていただきました。

 

悲しみは時間が癒してくれる、と何かで読んだ気がします。確かに時間が

悲しみを薄めてくれました。でも、完全に忘れることはないし、忘れる必

要はないんですよね。

 

やっと、悲しみが癒えてきた、1月の下旬に妻が亡くなりました。

仲がいい夫婦とは言えませんでした。ほとんど話をしませんでした。(別

に珍しいことではにかも知れませんが)

 

いつもなら5時に終わる仕事が、その日に限って7時になりました。7時に

終わって、心配してるといけないと思い妻に電話をしました。出ませんで

した。すぐに出ないのはいつもの事なので、トイレかなと思いました。

寒くて体が冷え切っていたので、近くの「国民銭湯」に入りに行きました。

それでもなんとなく気がせいて、身体を洗わずに出ました。電話をすると

出ません。嫌な予感がしました。家までその時間なら
30分かかりません。

それでも事故を起こさないように慎重に運転しました。

帰宅したら、玄関の電気がついていません。最悪の事態を考え、玄関のカ

ギを開け、電気をつけ、部屋をのぞきました。暗くて分かりません。廊下

のカーテンを閉め、トイレを覗きました。懐中電灯が階段に置いてあるの

でそれを持ち再度部屋の中の電源を探し、明かりを点けました。

部屋はエアコンが入っていたので温かかったです。妻は毛布にくるまって

いました。思わず手を握り聞いていました。

「大丈夫か」

「大丈夫」声が聞こえて少し安心しました。でも、大丈夫でないのは分か

りました。

「救急車を呼ぶよ」

「いや、呼ばないで」

いつもの感じで言いました。これは飯を食べた方がいいなと、思いました。

なんて薄情な夫でしょう。

少ししたら、娘が仕事から帰ってきました。

「お母さんが、具合悪そうだから、救急車読んだ方がいいと思うんだけれ

ど。」娘が部屋に入り「大丈夫? 救急車呼ぶよ。」

「やだ、救急車なんて」と答える声が聞こえました。

これは、だめだね、「呼ぶね」と娘がいい電話を掛けました。

 

何とか、受け入れの病院も決まり、向かいました。医師から呼ばれ、症状

を説明され「延命治療をするか、決めてください。」と言われました。そ

の時点で決まっていました。“延命治療はしない”もうこれ以上、妻も苦

しみたくないだろう。娘にも迷惑を掛けたくない。その気持ちを娘にも伝

え、納得してもらいました。

 

妻は、翌日私たちが顔を出し、1度家に戻ってきた間になくなりました。

顔を見せて安心したのでしょうか。

義父の時は、親族、親戚、近所を呼びました。

妻の時は、本人の希望と、私も“家族葬がいい”と思っていたので親娘と

私の兄弟だけで見送りました。でも、祭壇だけは、妻が好きだった花で飾

って送りました。

式場の人と、和尚さんにも言われました。

「花だけの祭壇は、初めてだ」と。

 

来週は、妻の四十九日です。早いですね。この間にいろいろありました。

いわゆる、本家や、同姓の人などにどう伝えるか、迷いました。

世代が交代していたことも幸いしました。あまり問題にならず過ぎていき

ました。(内心はどうか分かりませんが)

 

今、娘と2人暮らしです。娘がいてくれて良かったです。

それほど暗くならずにすんでいます。

冷たいようですが、これまで出かけるにも顔色を窺っていましたが、それ

もなくなりました。

座敷には、祭壇と妻の写真が飾ってあります。出来る限り毎朝ごはんと味

噌汁、お水をあげています。私の出勤が早かったり、娘が休みの時は娘に

頼んでいます。

 

写真の妻は、にこやかに笑っています。この笑顔を生きている間に見せて

いてくれたら、もっと楽しい毎日になっていただろうなと思います。

 

悲しんでいても、進みませんよね、亡くなった人も心配でしょうね。前を

向いて進んでいこうと思っています。

 

淋しい話を書いてしまってすみません。

ST











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