S.T さんのエッセイ 25                  .




義父の思い出



結婚したころから農作業はほとんど義父とやっていました。畑の草刈りや

田の草取りなど、特に山仕事は男の仕事、義父と行ってました。結婚した

ころに杉やヒノキの苗を植えたこともあり、数年は手入れに通っていまし

た。

夏、草が伸びてきたころの山仕事はきつかったですね。若木に巻き付いた

蔓を切ったり、伸びた雑木を伐採したり、草いきれの中での作業は時に変

な気分になりましたね。

 

義父は若い頃からがっしりしていたようです。そこに加えて農作業や大工

仕事で鍛えた体は本当にがっしりしていました。

山仕事に行くときは、弁当を持っていき1日仕事でした。とはいってもそ

んなに遠いというほどでもないんですよ(見栄かな?)、山林の入口まで

は車で10分位、上の尾根までは歩いて10数分です。でも、昼飯を食べに帰

るのはもったいないのです、その時間に昼寝をした方が仕事もはかどりま

すからね。

しかし、私にとってはその昼寝の時間が苦痛でした。だって、傍に大好き

な義父が寝ているんですよ、触ろうと思えば触れる距離なんです、しかも

2人きり。触りたいという欲求を押さえるのが大変でした。まあ、理性は

触ったら怒られるだけでは済まない、と分かっていましたから手を出すこ

とはしませんでした。

 

作業が終わって帰る時は、伐った雑木を持ち帰るんですが、いつも義父が

重いのを担いでくれるんです、そして私が細いのを担ぎました。重い木を

担いで降りていく義父は力強くて頼もしかったです。

そんな風に義父は私に気を使ってくれました。もちろん、間違ったことを

すれば怒られました。時にはその真面目で頑固な性格に反発もしました。

それでも、すべてをひっくるめて義父が大好きでした。

山への往復、田への往復の時も義父の運転で通っていました。一緒の車に

乗っているだけで幸せでした。話すことは畑仕事のこととか、まじめな話

ばかりでしたね、もちろん冗談を言うようなことはありませんでした。

 

ある時、草取りをしていて、

「休みでもやることがあっていいだろう。百姓やってねえもんはやること

がないと言ってるからな。」と言われました。

心の中では、たまの休み位何もしないでのんびりしたいけれどな、と若い

頃は思ってましたね。それ位休んでいることが嫌いで体を動かしてました。

だから70代になっても元気でしたし、肌も張りがありました。胸が厚くて

腰ががっしりしていて、あの胸に抱かれたいなと思ってました。

いつだったか、夏の夜用事があって帰りが遅くなったことがありました。9

時過ぎていたので、義父が風呂に入っているかなと思いながら帰宅しまし

た。風呂場の電気がついています、義父が入っているなと思いながら、車

を止めて玄関に向かっていた時に、義父が裸のまま風呂場のアルミ戸を嵌

めようとしていました。暗い中で見るのではっきりはしなかったのですが、

少しの間見てしまいました。

「おやっさん、俺が嵌めようか」と傍に行くと、

「大丈夫だ」と、断られました。すぐに中に入らずにいたら、

「なんだ」と、少し怒った感じで言われてしまい、しょうがないので中に

入りました。それから、尚更裸を見たくなりましたね。暗かったので、股

間は見えませんでしたが、裸のままで手を挙げている姿は、そそられるも

のがありました。

 

果樹の消毒を夏場にもやりますが、カッパを着るので汗を掻くんですね。

普段はほとんど汗を掻かない私でさえ汗を掻くんですから、汗っかきの義

父は大変だったです。消毒が終わりカッパを脱ぐとワイシャツは勿論ズボ

ンも濡れていました、後片付けは私がして動噴だけ義父に手伝ってもらう

んですが、時々ズボンも脱いでサルマタだけで運ぶんですが目のやり場に

困りましたね。汗で濡れて股間に張り付いているんですから、もちろん内

心は嬉しいんですけどね、じっと見るわけにもいかないしね。

 

書いているうちに、いろいろな思い出がよみがえってきます。私には優し

かった義父に感謝しています。











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