t・e爺さんのエッセイ №30          .




歌はつれづれ、思い出すままに…



(30) 街のサンドイッチマン、好きだった





鶴田浩二



戦後20年から30年代はまだまだ人々の心には戦争の傷跡が残りました・・・・

・・

想い出すのはフィリピンで捕慮になりモンテンルパ刑務所に拘置されていた人

達からの救いの声でした。。。。

 

歌手の渡辺はま子は幾度もモンテンルパを訪れて慰問。「モンテンルパの夜は

更けて・・・」が流れていたのもこの頃でした。

 

また、中国の残留孤児の問題もこの頃から話題になりましたが、日中和平交渉

が待たれたのもこの頃でした・・・・・・

 

今回は 鶴田 浩二 の <その1> です。

 

関東大震災の翌年に生まれました・・・・・

故あって私生児として生まれ幼少期は苦労している。14歳の時高田幸吉劇団に

入るのだが明治大学にも通い向学に燃えた。
19歳の時学徒出陣で特攻隊に志願

するも一度も出撃しないで終戦を迎えた。

この時の経験が、映画「雲流れる果てに」になったようだ・・・・

戦後まもなく映画「ハワイの夜」の主題歌と主演もしている。確か??共演が

岸恵子だったような^^^^^。

 

♪ ロイド眼鏡に燕尾服 泣いたら燕が笑うだろ

       涙出たときゃ 空を見ろ

           サンドイッチマン サンドイッチマン~~♪

 

つい最近まで都会にはサンドイッチマンがいましたが見なくなりましたね

・・・

戦後スターとして歌や映画に大活躍します。芸名は高田幸吉からもらったとか

・・・・

歌うときに左手を耳にマイクにハンカチはトレードマークですが薬の副作用で

難聴だったとか・・・・・・・

 

♪ 好きだった 好きだった

      こんな一言 云えばよかった~~♪

 

器用には生きられずに、男を通す生き方はドラマ「男たちの旅路」や「シャツ

の店」での演技が目に浮かびますーーーー。

 

爺はよく 好きだった を唄います・・・・・

 

後半を楽しみに、股お逢いしましょう・・・・・t・e爺










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