旅人さんのエッセイ 1               .




癒し旅


1)まえがき



初投稿させていただきます。

みなさんのご要望に添えない内容になるかもわかりませんが、読んで頂け

れば幸いです。

各地の温泉名と旅館名が出てきますが、実名で書きました。

よろしくお願いいたします。

 

旅の始まりは、今から17年も前のことです。

私が50歳を迎えた時である。

年の瀬が迫るクリスマスイブの日に、妻は、障子を張り替える為、外で洗

っていました。

突然部屋に戻ってきて、

「お父さん頭が凄く痛い」

と涙をポロポロ出しながら私に訴えて来ました。

私は異常状態に、直ぐに救急車を呼び病院へ、運ばれている途中妻は救急

車の中で意識もはっきりせず病院に到着したときは、完全に意識が有りま

せんでした。

しばらくして、

「主治医の先生が脳動脈瘤破裂ですので、手術をしますか」

と聞いてきました。

私は

「手術すれば治りますか」

と聞き返しました。

先生曰く

「成功しても、そうですね半年から一年後に意思の疎通ができるかどうか、

手術の途中でなくなる場合もあります」

との返答でした。

娘は短大卒業前で、海外研修の帰宅途中、高校卒業前の息子は外出中で連

絡が取れません。

オロオロしていると、主治医の先生が、

「どうしますか、どうしますか」

と迫ってきます。

「時間との戦いですから、どうしますか」・・・・・・と。

即答しなければならない状態に追い込まれた私の頭は、パニック状態でし

た。

もし成功すれば妻は生命が続く限り植物人間になり、3ケ月交替で施設転

院の繰り返しが求められます。

これから10年・20年と、心臓が動いている間、介護生活が始まります。

残された子供にも人生が有り、負担を掛ける事は出来ません。

逆に自分がその様な状態の立場に置かれたら嫌だと思います。病床で一生

終えるのは妻に対して虐待行為ではないかと思い先生に、

「手術は止めてください。(妻の命を絶つ)自然の状態でお願いします」

と、返答しました。

私は先生に、

「娘が明日帰国しますので、戻るまでは生かして置いてください」

と先生に頼みました。

私は病院の外で号泣しました。妻43歳での出来事です。

翌日、娘は帰国し病室に入り

「お母さんどうしたのと」

何度も何度も繰り返し、

「お母さん何か言って何か喋って」

と繰り返し、

「ワアーー」

と大粒の涙を流していました。

私の50年の人生の中で、苦い、苦い体験でした。

 

つづく










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