旅人さんのエッセイ 5               .




癒し旅


5)AさんとFさんの出会い



毎朝、出勤前に私は朝食を取るために、朝730過ぎに何時もの喫茶店の

モーニングで済ませます。

Aさんは、糖尿病を患っており、自宅から散歩を兼ねて私の到着時間に合

わせてきてくれます。

世間話に旅行の話とか色々な事を喋りながら、付き合いも深くなっていき

ます。

毎日のように、Aさんから電話が掛かってきます。

「もしもし」と返答すると、毎回

「どこに居るのや」

が第一声の人でした。

各地の秘湯の温泉に、Aさんと旅行をしました。

新潟県は、燕温泉(樺太館)・松之山温泉(凌雲閣)

長野県は、仙仁温泉(岩の湯)・七味温泉(渓山亭)・霊泉寺温泉(和泉

屋)・不動温泉(佐和屋)

山梨県は、奈良田温泉(白根館)静岡県は、湯ヶ島温泉(湯元館)

岐阜県は、新穂高温泉(槍見館)・神明温泉(すぎ嶋)

その他、会員旅館以外の温泉、日帰りドライブとか、宿泊数が56泊にな

っています。

秘湯めぐりも、数を重ねるごとにAさんは、入退院の繰り返しになってい

きます。

今度の旅行は何キロ走るのや、走行距離数を聞いてくるようになりました。

高年齢とともにお尻の肉厚も目減りしてきて、長時間のドライブは苦痛に

なってきたのでしょう。

旅行に行きはじめて、月日が経つのも早くAさんは、81歳になっていま

した。

スタンプ帳も、4枚目の後半に差し掛かっていました。

糖尿病の薬を飲んで、次第にインシュリンを打つようになり、それでも温

泉旅行に行きました。

タバコもプカプカ吸っており、肺がんになり手術を、一部切除しました。

退院後しばらくして、一度、野沢温泉へ連れて行ってほしいと、要求され

ました。

なじみの喫茶店では席こそ違いますが訪れる顔ぶれは、毎日同じメンバー

ばかりです。

私もAさんも、朝の挨拶と時々声を掛け合ったり、時には少し話をしたり

していました。

その中に、Fさんが居ました。Fさんとも会話をするようになり徐々に身

近な存在になってきました。

Aさんが、旅行も大人数で行った方が面白いから、一度Fさんを誘ってみ

ては、Fさんは76歳です。

Fさんはある会社の顧問をなされていて、ロマンスグレー容姿端麗、メガ

ネが良く似合う人です。

Aさんの要望に応えてFさんに、

「野沢温泉に行きますがご一緒しませんか」

と誘いました。

Fさんは

「同行させてくださいお願いします」

笑顔で

気持ち良い返事をして頂きました。

Aさんは、喜び溢れんばかりの笑顔で嬉しそうでした。

同年代の人が行くわけですから、楽しみが増えて良いことです。

私は今回の旅が、Aさんと行くのは最後だなと感じとっていました。

毎日、一緒にコーヒーを飲んでいますから、Aさんの体調は誰よりも把握

していたつもりです。

野沢温泉(さかや)に泊まり、私は最後の旅行だと思って少し無理をして、

余分な観光をしました。

旅行から帰り、しばらく時も流れて、Aさんは入院しました。

私は、毎日のように見舞いに行きます。徐々に病状も悪化して、ある時A

さんに言葉を頂きました。

「お前と、もっと早くめぐり逢えればよかった」

と言われた時は胸が熱くなり涙を堪えることができませんでした。

それが最期に、私だけが貰った温かい愛情でした。

Aさんは1週間後に亡くなりました。

私の人生は、Aさんとの出逢いで大きく変わりました。

妻の死から私自身もAさんに、どれだけ癒されたことか、言葉に表すこと

ができません。

葬儀にも、Fさんも同行してくださって、焼香もさせていただき、火葬場

まで行きました。

Aさんとの、6年間の短い付き合いは、煙と共に天空へ、消え去って行き

ました。

 

    火葬場の煙に浮かんだあの笑顔     旅人

 

終わり










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