たけ爺さんのエッセイ 1          .



昭和44年の大阪にて 1




高校卒業後、私は学生時代を過ごす為に、地方都市から一人、大阪府池

田市石橋へと。

賄いつき下宿し、阪急電車を乗り継いで、西宮北口まで通っていました。

 

都会に解き放たれた田舎者の少年が、生来の男同士の愛へと、転げ落ち

るように、週末になると、キタやミナミの繁華街をさ迷い歩くには、早

かった。

 

難波にあった映画館APと言う

ハッテン場の匂いを嗅ぎ付け、出入りしたのは、19歳の誕生日の頃で

すね。

初めて入った映画館、なんでお客さんは、座らないんだろう?

と、仕方なく後ろに立っていて、見事にお持ち帰りされ、ラブホに連れ

込まれ、初体験。

 

その叔父さんに連れていかれ、キタのスナックにも、初体験。

2〜3回セックスして、別れたけど、週末になると、一人でスナックに

も出入りをして、半年もしたら、同年代の友達も出来て、いろんな店に

も出入りしましたね。

 

キタには、嵯峨、ケンブリッジ、ストークハウス、トキワ、アドニス等

を回り、翌年の大阪万国博覧会の頃には、いっぱしに顔と名前が知られ

て、まあ只若いというだけで、良くモテましたね。

その時代は、お金が無くても、カウンターに座っているだけで、目の前

に水割りやハイボールのグラスが、沢山並び、呑むのに、お金を使わな

くても、良い時代でしたね。

 

お店も、若い子が居れば、売り上げも上がるってことで、まあ利用され

たんだろうけど、そんな時代でしたね。


                       (続く)





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