たけ爺さんのエッセイ 2          .



昭和44年の大阪にて 2




この頃の大阪は、今の様なハッテンサウナの乱立もなく、飛田に竹の家

が賑わっていました。

商店街の路地を入ると、民家の様な佇まいで、あまり綺麗とは言えない

場所ですが、週末の深夜は、寝る場所もないくらい、男たちが、一時の

快楽を求めて、全国各地、海外から来ていました。

朝には帰って行くので、近くの商店街の喫茶店は、気だるい男たちの憩

いの場所になっていましたね。

 

私は、相変わらずキタの嵯峨を拠点に遊んでいましたが、その頃に創刊

した、薔薇族の編集者が嵯峨に顔を出していて、グラビアモデルに誘わ

れたけど、勿論断りました。

 

ある日の深夜、キタで徘徊していたら、消防車が何台も御堂筋をミナミ

に向かって、サイレンの音を鳴らして走って行くので、店で何事か聞い

たら、千日前で火事らしいよ、っていうから、友達とタクシーで行った

ところ、千日前のキャバレーが燃えて、人が何人もビルから飛び降り逃

げて、大惨事になっていました。当時かなり話題になり、

その後、現場近くでは、幽霊が出た等の噂もありました。

 

45年に大阪万博が開催して、夜の街には、沢山の男たちが、あちこち

の店にも出入りし、私も東京から来た叔父さんと知り合い、その叔父さ

んに会う為に、東京にも出掛けて、初めての新宿2丁目を体験すること

になりました。


                       (続く)





トップ アイコン目次へもどる      「エッセイ一覧」へもどる
inserted by FC2 system