たんぽぽ爺さんのエッセイ №4               .




秋を探しに


(4) こんな風に過ぎて行くのなら







いつかまた何処かで何かに出逢うだろう

今夜ほどさびしい夜はない きっと今夜は世界中が雨だろう

 

 と言うことで、今夜も酔っております。500ミリ缶ひとつで酔ってし

まいました。

1万ぽ歩いたせいかも知れません。先日の、犬枇杷の木を見に行ったらも

う盛りを過ぎていました。

まだ後から後から熟れてくるのですが、木全体の漲る力がもう過ぎている

のがわかりました。

摘まれずに熟れた実がたくさん落ちていました。今日でお別れと思いなが

ら一つ二つと摘んでは頬張りました。

ふと見ると、真っ黒なほどに熟れた実の先に、まるで先走りのように丸く

透明な玉が出来てるものがありました。

熟れ過ぎて先から溢れ出た蜜でしょう。そこを詠んでみました。

 

 犬枇杷の熟れて溢れしまろき蜜

 

 犬枇杷やぷくりと溢る先走り

 

 犬枇杷やカウバーまろき玉のごと

 

横道に逸れました。500一つでこう酔うのも珍しいです。さっさと詠ん

で寝たいデス。

が、いいかげんには出来ません。今日は「月見草」です。正しくは「待宵

草」ですね。ほんとの月見草は白だそうです。

太宰治の「富士には月見団子がよく似合う」は有名ですね。

大ボケかましました。ゴメンナサイ。「富士には月見草がよく似合う」デ

シタ。

太宰のこの月見草は、スラリと高い、大待宵草でしょう。

昔、京都の鴨川の堤防の下辺りで見かけたことがあります。遠目にもきれ

いで目立つから、強欲な心ない人が摘んで持ち帰ったりして減ったかもし

れません。今は僕の住んでる地域でも見かけるのは小待宵草ばかりです。

種類はどれくらいあるのかは知りませんが、地面に這うように咲いてるの

もよく見ます。アスファルトの道端にも。

 

 月見草こんな風に過ぎゆくなら

 

 子ら駆けて帰る道ばた月見草

 

二十二、三の頃でした。初めての、下立売通りの町にも慣れ始め、通い始

めた銭湯の路地で月見草を初めて見ました。丈が高かったし花が大ぶりだ

ったから、大待宵草だったでしょう。夕方の時間で、仕事が早く終わる土

曜日か、日曜日だったと思います。まだ秋ではなく八月だったと思います。

 

 月見草せんめんき片手に湯屋へ

 

 ほのかなる音や月見草ひらくとき

 

 一斗缶の鉢たくましく月見草

 

その頃見た光景を思い出して詠んでみました。開くとこを見たことありま

すか?感動しますよ。

目の前で開きゆくのを見たときは本当に不思議な思いでした。

余談ですが、ここの銭湯でオナカマに出逢いました。小さいサウナがあっ

て、そこで触られて、出来ちゃいました。

お爺さんは、小窓を向いて人が入って来るのを用心しつつ、僕の膝に尻で

まさぐりながらクイクイと下ろして来たのです。

すでに勃起してるチンポに、尻の割れ目で。グイグイグニュグニュと。先

っぽが入ると温く熱く、ぬごぬぬんとトンネルに入り行くようなチンポが、

その根っこにすぐに尻が当たり、もう気持ち良くてたまりませんでした。

今もときどき思い出します。

最後に恒例の()放尿句で今夜は終ります。月見草の季語は晩夏ですが、

秋の方がきれいに思えます。きっと、澄んだ空気に黄色が生えるからでし

ょう。

 

 放尿のまら先明し月見草

 

 ふんどしに零るる尿や月見草










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