バレンタインデーと丑の日について



                                     山田大郎さん 作


 二月十四日がバレンタインデーと呼ばれるようになった、有力候補の記

事を読みました。三世紀頃のローマ帝国での話です。当時の皇帝クラウデ

ィアは戦争好きで、兵士が結婚すると戦場で士気が落ちるのを虞れて、兵

士の結婚を禁止していたのだそうです。 ところがバレンタインと言う祭

司がいて、皇帝の禁止事項にも拘わらず兵士と恋人達にどんどん結婚式を

挙げさせたので、皇帝は怒ってバレンタインを処刑したのです。その日が

二月十四日だったとか。時代が下ってローマ皇帝が「聖バレンタインの日」

と認定して、バレンタイン祭司の勇気を讃えたと言う話です。

 以来女性は恋人にチョコレートを送って気持ちを伝える、そして結婚式

には最も相応しい日とされているのだそうです。

 今では女性は周囲の男性にチョコレートを贈る、つまり義理チョコの大

流行でクリスマスと並ぶ菓子業界の二大イベントとなっています。今回あ

まりにも大き過ぎる義理チョコの箱を貰って、大弱りでした。十八箇も入

っていて、卓袱台に置けずに自室で時折食べています。そんなお日柄の良

い日なのに悲惨な事件も又少なくないそうです。それにしてもバレンタイ

さんは勇気を持った立派なお方でしたね。

 人間の否生き物の本性を禁じたらいけませんね。禁じても無理ではあり

ませんでしょうか。

 丑の日

 正式には土用の丑の日、この日に鰻を食べると疲れがとれて元気になる

と言う伝えです。この謂れにも諸説があるようですが、江戸時代に鰻業者

が平賀源内(蘭学者)に、鰻が売れる方法を訊ねたら、土用の丑の日を決

めて宣伝したらと教えられたと言うことです。今年は七月二十二日と八月

三日と二回だそうですが、日本鰻が撃滅の虞と報じられていて、寂しいこ

とです。鰻は南海の深海で産卵して、川に戻ってくると言われています。

かっては日本の各地で容易に取れていたのでしょう。以前長野に出かけた

帰路、駅の売店で「信濃の昔話」と言う豆本を買ったのですが、可笑しく

て飲んでいたビールを噴出してしまいました。精力が強くて村の後家さん

達に人気のある元気親父がいたそうです。集まりで他の親父達が精が強い

訳を聞いたら、鰻を良く食べているからだと答えたそうです。そこで村の

親父衆は鰻を取って食べるのに努めたそうですが、さっぱり変わらないの

で、元気爺に訊ねると、鰻の選び方を間違えていると言うので、更に問い

詰めたそうです。すると鰻を数匹たらいに入れて、それをかかあに跨がせ

て、かかあの穴を目がけて首をもたげる元気なのを食べれば精がつくと言

う話だったとか。そんなことかかあに頼めるかと、後家さん慰め役はこれ

まで通り元気爺の独り舞台が続いたとさ。さて自分も鰻が好きで各地でご

馳走になったり、探して食べました。豪華で美味しかったのは浦和の小島

屋。県道から百メートルも入った場所にある豪邸。一帯の土地は店の物と

か。かっては沼で取った鰻を中仙道を行き交う旅人に出していたそうです。

「大皿」には長焼きが三匹乗っています。勿論残したのはお土産に包んで

くれます。そして浦和には多くの美味しい店があります。東海道では三島、

宿場街で唄にも残っているお楽しみ処、女郎衆が有名でした。乗り込む前

に元気付けに鰻を食べたとか。鰻よしと言う店で二段になった鰻重を喜ん

で食べていましたら、鈴与(静岡県一の名門の企業)の支店長さんから、

「三島の鰻は桜葉に限る」と紹介されて行ってみました。大きな割烹。昼

過ぎの二時と言うのに二十人以上の待ち客。壁には明治、大正の文豪達の

色紙がずらりです。百畳敷きの二階座敷に上がってみたら、座布団枕で寝

ている客も少なくないのです。東京から伊豆に来て、帰りに鰻を食べて、

ごろりと一休みと言うところでしょう。それを咎めないお店の社風。味は

さっぱりで二匹でもいけそうでした。浜松の鰻はこれ天下一品と言えまし

ょう。鰻料理は関西と関東で違いますが、浜松は中間でどちらの方にも合

う味になっているとか。 関西、九州は腹開きで自火焼き。関東は腹切は

縁起が悪いと背開きの蒸し焼き。名古屋の鰻まぶしも美味しいです。最初

はそのまま食べて、最後の一杯はお茶づけにして食べますと、さっぱりし

てとても後口が良いのです。先日昭和天皇の調理人だった方の話に、天皇

のお好きな料理の一つが鰻茶づけだったそうです。鰻のご用達は京都の店

とか。やはり天皇家は故郷の京好みなのでありましょう。将軍家は麻布の

野田岩がご用達だったとか。都内では伊豆栄、ここで白焼きを頼んで山葵

醤油で酒を飲む、こんな景気の良い気分になる機会が又来ることを期待し

てます。さて長年お世話になった川越、天保三年(1832)創業のいち

のや。ここも美味しいですね。

 さて先日弟夫婦と三人で墓参りの帰路、鰻鉄で食事をしたのですが、肝、

頭、ひれ、銀杏そしてにんにくの串焼きで飲みました。

 にんにくは親指大の玉が三個付いていて、それに味噌を付けて食べたの

ですが、二人が食べないので自分一人で六個を食べる羽目になってしまい

ました。山田にんにくかな、全く臭みが無くて、ほくほくしていました。

翌朝が驚きでした。何とテントを張っていたのです。手を添えたら心配な

ので、暫く久々の余韻に耽りました。

 蝮、すっぽん、鰻そしてにんにく。これらは古から精がつく物として有

名ですが、安くて手っ取りばやいのはにんにくでしょうか。

 鰻鉄で又にんにくを食べたいのですが、平日昼間飲んでくれるお相手が

いないのです。丑の日談義が掴み所のない鰻みたいな話になってしまいま

した。のんびりと過ごすのも良いですが、好奇心を忘れずに、未知の世界

に首をもたげる鰻でありたいと念じています。鰻は嫌だ、せめて猿軍団の

大将でなく最高顧問になりたいです。

 老けたけど 誕生祝い ありがたし (家内が一割負担の仲間入りで、

自分は近く喜寿となります)

                              終わり








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