忘れ得ぬ人


                                             夢追い さん





古山さんその5(最終回)



その年の暮れ、私はある決意を古山さんに伝えねばならなかった。それは

今の会社を辞めて、東京圏の会社に移る事だった。六十歳の定年だった。

そのまま何年かはその会社に残る道は残されていたが、役職を離れて給料

も半分にされる処遇には耐えられなかった。幸い、多少顔見知りだった東

京圏の会社から誘いがあって、私は翌年四月からお世話になる約束を交わ

していた。

年末にその事を古山さんに伝えた。古山さんは折角仲良しになれたのにと

残念がったが、あんたの人生だから、あんたの思うようにしなされと認め

て下さった。三月までに何度かまた山歩きをご一緒する事を約束してその

年は終わった。

 

歳が明けて、私は一人だけでその山に登った。古山さんは親戚の不幸と俳

句の会の新年会で出掛ける用事があって、二週お眼に掛る事が出来なくな

ったのだった。

私は又車で出掛けた。山道に入るまでは何事もなかったのだが、棚田の上

の駐車場に向かう細い道は凍った路面の上に薄く雪が積もっていた。ノー

マルタイヤのままの私の車では少し危険かとも思え、自分の運転技術も考

慮して道端に車を置いて駐車場まで歩く事も考えた。だが私は車で入る事

を選んだ。件の切れ落ちた場所は水の溜まるような地形ではないと踏んだ

のだ。私はゆっくりを車を動かして行った。胸の携帯電話が鳴っていた。

きっと古山さんだろうと思ったが手を離す事は出来なかった。暫く鳴って

いた電話はやがて切れた。無事駐車場に辿り着く。携帯電話を開けると、

矢張り古山さんからだった。

「お早うございます。済みません、電話を頂いた時丁度駐車場に向かう怖

い道だったものですから、電話に出られませんでした」

「お早うさん。わしもそこを心配して車を道端に置いて行けと言おうと思

っていたんじゃが、もうお着きになったら良かった。今日はご免ね。折角

おいでになったのによ、会えんで失礼してしまうが。済まんな、ゆっくり

登って行きなされ」

「有難うございます。気にしないで下さい。古山さんがお近くにおられる

と思うだけで十分ですから」

電話を切って、古山さんが私を心配して下さった事に言葉では言い表せな

い感動を覚えていた。

過日電話で、3月末で東京圏へ引っ越す旨伝えていたのも古山さんの心に

あったのだろう。電話で折角仲良くなれたのに残念だと何度も仰った古山

さんの声が甦って来た。

今回お眼に掛かれない事がはっきりしてから、私は二月末か三月に必ずも

う一度伺うと約束した。

古山さんにも変化があったのだ。これまで任されていた登山道の整備の仕

事を後進に引き継げと役所から宣言されたと言うのだった。それは、昨年

末を持ってという期限だったという。従って古山さんは、今はその仕事か

ら離れてしまった事になる。古山さんは怒っていた。八十歳でもこの仕事

はまだまだやれると言われるのだ。一緒に山歩きをしている私には、それ

が間違いない事実だと訴えてあげたかった。その事もあって、今度の山登

りはご一緒したかったのだが、それは幻の卒業登山になってしまった。

私は身支度を整えて山に入った。噛みしめるように眼に入る石や枯れ木を

心に焼き付けて行く。眼を上げると、前を古山さんが歩いているような錯

覚に捉えられながら登って行く。若しかしたら、この山に入るのはこれが

最後なのかもしれないとゆっくり歩を進めた。尾根に出て、私は右への道

をとった。日溜まりの中で一人だけの食事は寂しかった。涙が溢れそうに

なる。ザックを枕に横になった古山さんの姿が甦って来た。好きだけどど

うにもならない哀しさを思った。好きだった。

三月半ばに私は古山さんを車で訪ねた。棚田の駐車場に着くと、古山さん

は先に到着して私を待っていて下さった。軽の乗用車だった。

その日は古山さんは山に入る格好ではなかった。会いに来た私に最後にな

るかも知れないお別れの挨拶をしてあげようとの優しい心遣いだったよう

だ。

あの大好きな古山さんの匂いの染みついた軽トラックではなかった事が少

し残念ではあった。私は持参したお酒のボトルをお別れにと手渡した。古

山さんの眼が少し潤んだように見えた。

私はセルフタイマーをセットして二人の写真を写した。棚田のまだ青草の

生えていない冬枯れのままの風景を背景に、何枚も古山さんを写した。冷

たいベンチで、用意して来たコーヒーを並んで飲む。お互い言葉は少なか

った。要らなかった。

暫くして、古山さんは、途中の梅林に誘って下さった。ちらほら梅見の客

もあって、狭い駐車場に入れるのを失敗してバックバンパーを少し当てて

しまった。私はそれを古山さんに言わずにおいた。

満開とまでは行かなかったが、梅のほのかな香りと彩りの中を並んで歩き

ながら、私はここでも何枚も古山さんの姿をカメラに覚えさせた。近くの

人に頼んで二人の写真も写して貰う。何人か古山さんのお知り合いもいた

ようで時々止まって挨拶をされる。

私は、横でその様子を黙って見ていた。

茶店で、お茶と団子を頂く。至福の時間だった。

別れの時刻が迫っていた。梅園の出口で右と左に別れる。車に乗り込む前

に、私は古山さんの手を強く握り締めた。

「色々お世話になりました。また時間を作って古山さんにお眼に掛りに参

ります。お元気で」それだけ言うのがやっとだった。

「あんたも元気でやりなされ。何時でも来て下されや。歓迎しますで」

梅園の駐車場から古山さんの後ろに付いて出る。大きい道に出た所で左右

に別れた。

私は涙があふれていた。好きだった。

私は音楽を少し大きくして聴きながら自分の県に戻った。途中で山道に入

り、カタクリの咲く山を目指す。杉林の道を辿って行って車を停めるスペ

ースを見つけた。県道から随分奥へ入っていた。車を停めて登りだす。時

期的に少し早かったようで、カタクリの花は二三輪開いているだけだった。

私はそこで遅いお昼にした。コーヒーのポットはまだ熱かった。

日の高いうちに家に戻った。私は古山さんに無事辿り着いた事を報告した。

 

数日後、荷物を運送屋のトラックに載せて家を出る。車も運送屋に頼んで

いて、私は愚妻とタクシーで駅に向かう事にしていた。

玄関を出て鍵を閉める愚妻を待つ短い時間に私は奇跡を見た。

庭に咲いている水仙やサクランボの花を眺めていると、一羽の大型の蝶が

ひらひらと舞って来た。この時期にアゲハ蝶はいない筈だと思って見てい

ると、それは間違いなくギフチョウだった。私は興奮した。まさか夢にま

で見たギフチョウに自宅の庭で、しかも最後の日に出会えるなんて。それ

は奇跡に違いなかった。カメラを手にしていなかったのが残念だった。ギ

フチョウはすぐに何処かへ消えた。

今でも思う。あれは何だったんだろう。

愚妻に話しても、それは彼女にはあまり興奮する話ではなかったようだ。

私は、新しい家に着いてから近所にお住まいのお世話になった鳥博士に電

話して、無事到着した連絡に加え、庭で起こった奇跡を報告した。私が幻

を見たのではと冷やかされるかと心配したが、鳥博士は、十分に起こる事

だと保証してくれた。

引っ越し前の数日間強い春風が吹いていたが、それに飛ばされて来たのだ

ろうと言う。

私は古山さんにも電話を掛けた。古山さんは、その蝶は聞いたことはある

が、あの山にはギフチョウの幼虫が喰草にするカンアオイがないので、あ

の山では見掛けた事がないと言われた。それにしてもあんたはきっと素晴

らしい運を掴んだんじゃないかと嬉しくなる言葉を付け加えた。私は危う

く無事到着したと伝えるのを忘れる所だった。

 

あれから早や六年、私は一度も古山さんを訪ねていなかった。何度か計画

をしたが、その度に頓挫して、実現するには至らず今日を迎えていた。

古山さんは今は殆ど山に出掛けていないと言われる。足腰も弱ってしまっ

たと嘆いておられる。すっかり萎んでしまったとご自身の老けたさまを言

われた。それでも私の中では、古山さんは以前のままの姿で生きているの

だ。

もう一度お眼に掛りたい。その事が今一番気掛かりなのだ。

私は来春早々に、古山さんに逢いに行こうと計画を立て始めている。



                                               



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