二人のまこと



                                      もりつぐ さん 


(1)



 二人のまこと―誠と真

 

人生は人との出会い。どこにでもあるが誰も気づかない。出会いは人生を

彩(いろどり)り面白くする。「二人のまこと」は、そんな物語です。
70

歳過ぎの二人のフケが偶然、知り合いになりました。一人は独身の病気も

ち。一人は重い心臓病から復帰した元気な老爺なのです。

誠実と真実、誠と真、どちらも「まこと」です。誠実の「誠」は、英語で

は、
integrity です。困難を乗り越えて、正しいことを実現すること。中国

の諺(ことわざ)「至誠息(や)むなし、息まざれば久し、久しければ徴

(しるし)あり」の「至誠」と同じような意味です。

至誠を貫くことと、真理を探究することは、どこかで交差(クロス)する

のだと思っています。二人の人物の生きざまが、至誠と真理を実現してい

るかどうかは、読んでいただいて、見極めていただかねばなりません。も

ちろん、見極めるのは、読者諸賢のことです。

70歳になる誠、つまり「まこと」は、二歳年上の真(まこと)72歳と兄弟

の契りを結ぶことになりました。簡単に言えば、二人のまことの話は、シ

ニアの初恋といってもいいでしょう。でも若い頃の恋とは、少々趣を異に

する、おかしな大人の物語なのです。

誰も話さないし、誰も気づかないフケの話です。もちろん小説の題材にな

ったこともなければ、雑誌で取り上げることもない。ごくありふれた話な

のです。でもフケになっても恋愛はできるし、彩(いろどり)のある恋を

考えたり、実行する人もいるに違いないと思っています。

 

 誠の話

 

誠は、9人兄弟の3番目の子供。母親の実家は、帯広の資産家でしたが、誠

が小学校に上がる少し前に、父が亡くなります。それまでの経済的な豊か

さが突然に失われます。それでも誠は、元気に育ちます。目立たない温和

しい子というのが、当時の仲間の印象でした。

家計を助けるために、誠は働いて高校に通います。東京に出ていく朝、母

親は手持ちの金
200万円を彼に持たせて、次のように励まします。「母さん

のできることは、これっきりだよ。ごめんね。後は自分でよく考えて、好

きな道を元気に歩みなさい。」

札幌から「ブルートレイント」に乗ったのは、四月の第二月曜日の午前10

時でした。もちろん、見送りは母親だけの寂しいもの。飲んだくれの父親

は家で寝ています。仕方ないと誠は思いました。問題があれば相談に乗る

のは、母一人でした。ずいぶん苦労しました。

 

 真の話

 

一方、真(まこと)は東京下町の生まれです。父親は彼が小学二年生の時

に病死しました。脳溢血の発作でした。亡くなったのは事後の処理が悪か

ったためです。母親は気の強いだけの世間知らずの女。発作後すぐに、父

を動かしたからです。無知は怖いと思います。

動かさないで、医師をすぐに呼べば、助かった生命です。蔵で泣く母親の

姿が目に焼き付いていますが、無知が原因だったとは、母は死んでも分か

らなかった筈です。致命的なのは、やっていいことと、いけないことの区

別が付かないこと。無知なのです。

真は、三人兄弟の長男として多難な人生に直面します。母親と祖母と 3

の子供。生活の資の喪失は、貧困のはじまりでした。食べるものがない。

祖母も母も生活の資を稼ぐすべをまったく持たない。
5年生の子供がわず

かな金のために新聞配達を始めました。

朝早く起きなければならない。母も祖母も宵っ張りの朝寝坊。早く寝るの

は難しい。
3時に起きないと、配達には間に合わない。眠い頭では間違い

が起こる。店に迷惑が掛かる。この厳しい環境に、まったく気づかない祖

母と母でした。仕方なかったし、情けなかった。

中学生になっても、アルバイトは続きます。今度は大手新聞社の奨学金が

もらえました。その奨学金も生活費に消えました。母親が金が入るのを待

っています。そういう物だと悲しかった。弟も妹も、奨学金とアルバイト

で高校に通い、何とか国立大学に入りました。

それだけがせめてもの救いです。弟は関西の国立大学に進み、公立小学校

の教員になります。妹も同様に、千葉県の国立大学に進み、小学校の教員

になります。二人ともよく頑張ったと思います。残るのは私だけです。

22歳の時、総務省の懸賞論文に応募して賞をもらいました。勤めていた学

校から奨学金が出ることになりました。翌年、その金で経済学を学び、さ

らに大学院に進み、経営学を学びました。弟や妹よりも遅い出発でしたが、

何とか研究者の卵になることができました。

 

 二人の苦労

 

誠が言います。「俺たち、似たような人生を送ってきたたんだな」と。

北海道出身の誠は、東京に出て、とんでもない苦労をします。最初に新橋

に出て、そこの小さな割烹料理店の丁稚になり
3年間、料理人の修行に取

り組みます。
3年後、自分で小さな店を始めます。働きながら調理師の資

格も取得。店を拡大し面白いように客の来る店になったといいます。

真の方は、研究所の下働き、研究助手からキャリアを始めます。30歳の時

です。それから
10年たった頃、かわいがっていた長女を、病気で亡くしま

す。てんかん発作が原因だろうと言われましたが、原因はよく分からない

のです。もちろん、家内もひどいショックです。



                                                     続 く 








トップ アイコン目次へもどる    「投稿小説一覧」へもどる
inserted by FC2 system