二人のまこと



                                      もりつぐ さん 


(2)



 二人の出会い

二人の「まこと」の出会いは、最近の出来事でした。行きつけの飲み屋で、

隣の席の知り合いが中座します。何か用事ができたのでしょう。その席へ

別のフケが座ります。満席ですから、空いた席に座るのは当然のことです。

問題はない。でも、その客は、知らない顔でした。たぶん
70歳ぐらいでし

ょう。笑顔で会釈して、誠の隣の席に身体を沈めます。周りの気配に溶け

込むごく自然なしぐさ。それに真が惹かれたのです。

気に障らぬよう、失礼にならぬように、気遣いながら自然に振舞うこと。

それがこの世界で生きていく常識です。上手に生きるための術(すべ)と

言い換えてもいい。真(まこと)の自然な気遣いを察して、誠(まこと)

は軽く笑顔で応じてくれました。気取りのない自然な姿は魅力的ですね。

こんな場所ではめったにお目にかかれない上品な顔、そして仕草だと思い

ました。もちろん、真も自分がどう映っているかを知りたいと思いました。

男がなぜ男に惹かれるか。そのわけは、二人にはまだ分かりませんでした。

でも真を見る誠の眼差しは温かかった。だから、めったにないこの出会が

とても嬉しいものでした。長年、新橋で客商売をやってきた誠です。人の

気持ちがよく分からなければ、客商売はできないのです。上手に店を経営

する人の、なくてはならない第一条件が、人の気持ちが分かる事です。そ

れがなければ、どの商売もうまくいかない。みなそう思っています。

マスターがやって来きます。新橋では人気者の一人です。気軽に紹介して

くれました。余計なことは言わないごく短い紹介です。紹介がすめば、す

ぐに話せるようになります。「誠」と「真」、どちらも「まこと」と読み

ます。
70代の男どうしの出会いです。一方はふっくらした太めの男性、他

方は肩幅はあるが、細身の引き締まった身体付きです。タイプの違う男同

士の、遅い出会いでした。

2歳年上の「真」は、学校の教員で、研究一筋の男でした。「誠」は70歳で、

重い心臓病の手術を受け、元気になったばかりです。ふたりは、普段から

酒をあまり嗜(たしな)まない。だから出された水割りを飲んだだけで、

その日は、さよならしました。また会おうと言ったが、それは単なる社交

辞令です。深い意味はなのです。でも、多くの客に接してきた誠には、よ

くわからないことがあります。男を引き付ける何かは、何かという問いで

す。

週に一度は出かける浅草の店。ほとんどが馴染みの客ばかりで、東北出身

マスターは、義理堅い人。信用できる人しか店には入れないのです。だか

らほとんどが馴染み同士となる。年に一回、一日泊まりの親睦旅行まで企

画、実行する徹底ぶりです。当然、出来上がるのは、結びつきの強いコミ

ュニティーです。入るのが難しい会員制のバーという感じです。誰かの紹

介がなければ、入ることすらできない。もちろん閉鎖的だという批判もあ

ります。

常連の一人だから、店にはちょくちょく出入りします。「真」とは、二度、

三度、顔を合せただけで、すぐ親しくなります。彼は、ほかの常連とも打

ち解けて、冗談が言えるようになります。でも誠に比べて「真」(まこと)

はちょっと固い人」と皆に思われています。でも付き合ううちに、真(ま

こと)の一途な人柄に惹かれました。彼は大らかな性格で、人を傷つけな

いし、人の悪口も言わない。たまに冗談を言う程度で人に好かれるのです。

そのうちマスターの口添えもあって、二人で、ほかの飲み屋へも出かけた

ました。真が、誠のマンションを訪ねたのは、師走の初旬、お酉さまの縁

日だったと思います。これは、初めてのことでした。「体調が悪い」と聞

いて、それなら「俺が見舞いに出かける」といって、初訪問となったので

す。そこで、真が自分の身の上話をはじめました。余計なものは、すべて

省いた、ぶっきらぼうで、たどたどしい身の上話ですが、紹介します。

 誠と真の身の上話

「家が貧乏で、俺は5年生の時に、新聞配達を初めました。中学、高校と、

ずっとアルバイトづけの生活でした。大学に入ったのは
23歳の時です。弟

も妹も大学に入った後のことでした。大学院を終えて
30歳のとき研究員見

習いになります。それから下働きで忙しく、
10年経った時に、長女を亡く

したました。急な病気でした。家内も私もどん底に陥落。闇の底で動けな

い日々が続き、闇の底から光がのぞいたのは、翌年の春でした。」

長い話を端折れば、簡単な内容です。誠はじっと話を聞いてくれました。

もちろん真も自分の身の上話をしました。父親は呑み助で母親は散々苦労

した。だから高校に行きたければ、自分で働いて行けと父親に言われまし

た。北海道は寒い。その寒さは経験したものしか分らない酷い寒さです。

こんな土方の仕事をしながら、金を必死でためた。中学から高校を終える

までの
6年間です。年中休みなしに働いた結果溜まった金です。

溜めた200万円を持って上京。そして新橋の割烹料理店で丁稚奉公をしまし

た。三年後に今度は自分で店を出します。
23歳の時にです。店は簡単な居

酒屋です。友人が知り合いをたくさん連れてきて呉れる。店の名前は「椎

の実」です。その店が流行ったのには訳があります。知り合いの友人は、

素人の若い人ばかりです。その若い人がカウンターに入ります。年配の客

は若いのに酒をふるまいチップも弾み、あわよくば目的を遂げるというシ

ステムです。

こうして店が繁盛しました。店が流行ったので、目黒にマンションを購入。

もちろん現金です。
35歳の時でした。久しぶりに母親を東京に呼んだ。着

物も小遣いも送ったのに、手を付けなかった。苦労人の母親でした。その

マンションが高額で売れ、資金が増えて来る。居酒屋は結構大変な仕事で

した。全国からやって来るわがままな客の相手をしなければならない。若

い人たちに、言葉づかいや、基本的なマナーを教えるのも、一仕事でした。

それがなければ、客商売は成り立たないからです。

更に、ビジネスは健康が第一と、今でも考えています。うまくいっている

ビジネスが頓挫するのは、大抵は経営者が、不節制のために病気で倒れる

からです。



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