二人のまこと



                                      もりつぐ さん 


(3)



 破廉恥な出会い

七十歳の出会いの不思議を書くことにします。とても破廉恥な出会いです。

 

行きつけの飲み屋で隣に座ったのは、まこと、真の方です。誠は先に座っ

ていました。なんとなく惹かれる男というのが、真に対する誠の最初の印

象です。でも、ややこしいですね。二人のまこと、どちらがどちらか、本

当に分かりづらいですね。でもしかたありません。どちらもまことなので

すから。

 

馴染みの居酒屋の話です。最初に座っていたのが誠。その彼が惹かれたが

後から来た真です。つまり誠の隣に座った男が真でした。その遅れて来た

男の唇に惹かれたのが誠でした。若い男ではない七十歳の男が、同じ七十

過ぎの男の唇に惹かれたのです。あり得ない話ではないですが、めったに

ない話かもしれません。となりの男の唇にセックスを感じるのは、誠でし

た。性欲は死ぬまで変わらない。たしかに誠は助平な男です。真も同じく

助平です。

 

相手の唇に惹かれた結果、誠はどうしたのか。皆さん、想像していただけ

ますか。(笑)

 

そう、誠は、自分の唇に人差し指の腹(はら)、つまり柔らかい部分をそ

っと当てました。相手によく見えるようにです。指の背は裏側です。爪の

ある方が裏側です。軟かな腹の部分をゆっくりと唇に当てたのです。二、

三度その動作を繰り返しました。真がはっきり分かるよう繰り返したので

す。その動作をみて、真は、自分も「こうか」というように、唇(くちび

る)に、左の人差し指の腹を当てがいました。はっきりとした意思伝達で

す。

 

ほんのりと赤い唇に、白い指が当たるのは。一寸(ちょっと)艶めかしく

て、危険な感じですね。誠がウインクしながら、相手の唇に自分の人差し

指を当ています。相方はじっと動きません。どうやら、触わっている誠の

指の感触を確かめているようです。すると今度は自分の唇の下側を、相手

に見えるように突き出しました。ふざけたようなしぐさです。でも、ふざ

けたのではなく、ごく自然な応答でした。意思表示でした。

 

それに対する誠の反応は、もっと素早くて、自分の唇を相手のそれに、

「ちゅっと」押し当ててしまいました。相手の口の中に自分の舌を差し込

んで、相手の舌を絡(から)め取ってしまいました。日本人はキスが下手と

いわれますが、この二人はそうではありません。微妙な関係をごく自然に、

素早くこなす、上等なキスメイカー(*キスの上手な人-作者注)です。

二人のまことは、人間の愛情の交換を、唇を媒介した、ほんの軽い接触か

ら、始めたわけです。こんな関係が日本にあるのかというように。


 新たな愛の交換方式

70代の人間関係は、若い頃と同じ様に、生理的レベルから開始されること

もあるのです。しかも許されていると、二人は考えているのです。これま

でなかった、あるいはやれなかった、新しい愛情の交換方式です。若い頃

と何も変わってはいないし、同じでいいと、二人は確信しているのです。

これは、とても新鮮な関係の開発だといっていいですね。若々しく、新鮮

で、みずみずしい関係の形成です。多分、誠も、真も、この瞬間に、「生

きていてよかった」と思ったはずです。相手の目が潤んでいますね。それ

はごく自然な生理的反応です。「愛は年齢を超える」なんて、陳腐なこと

は言わないでほしいですね。

 

こうして、70代の恋の始まりはごく自然なものでした。ど助平な二人が、

破廉恥なことをしただけではないか。そう言われても仕方ないと思います。

こんな助平な話が、文学になるのか。文学部の教員なら、むきになってこ

き下ろすでしょう。でも100歳に比べたら、70歳は若い青年です。70代の男

が、同じ70代の男の中に、若くて新鮮な「生命」が輝く瞬間を、相手の艶

めかしい唇に見た。それは、老いの発見です。老いのときめきです。いい

ではありませんか。

 

「おい」といったのは、誠の方です。誠は万事うけ身のタイプ。落ち着き

払っていてどっしりしている。恐らくそう思わせる何かがあるのでしょう

ね。

 

「ああ。」今度は、真(まこと)が軽く、誠の「おい」に応じました。

 

どうすればいいか迷ったとき、真は、誠の顔を見ます。二人の間では、顔

を見れば、お互いにすぐ分かりあえる関係です。コーヒーでも飲んで、そ

れから食事にでも行くか。誠は、言葉は発せずに、顔つきや身体全体の醸

し出す雰囲気で、語っているのです。男の会話はすべて言わないのが普通

です。嫌いな男から電話がかかって来たときに、どうするのか。いちいち

電話に出るか。それとも無視して放っておくか。どちらも同じことなので

す。

 

出なければいいのです。二、三度度、電話を鳴らして出なければ、不在か、

あるいは嫌われたと思えばいいのです。男の関係は微妙で、残酷ですね。

人間関係は、淡きこと水の如しと「菜根譚」にありますが、しつこいのは

ダメ。無粋です。粋がなければ誰もそばに来なくなります。はっきり嫌わ

れていることを、態々(わざわざ)言うのは可哀想です。野暮なことです。

シニアは、そんな愚かなことはしないのが、常識です。

 

 お好み焼きを一緒につつく

本格的な食事より、気楽なお好み焼き屋に行くことを選ぶシニアもいます。

浅草にはそんな店がいくつもあり、いつも若い人でいっぱいです。先日、

雨の中を出かけたら、ドイツ人やイタリアリ人がいました。日本人の仲間

と、楽しそうに、片言の英語で話していました。英語は今や国際語ですね。

そういう感覚がよく分かる状況でした。細かいことを気にしない人なら、

食べながら気楽に会話ができるので、出かけるのもいい選択肢です。一度、

覗いて見るのも勉強になるでしょう。

 

さて、男の世界では、普段、付き合うのは、二組か三組に限ります。もっ

と多くてかまわないのですが、出費もかさみますから、止めておくのが賢

明のようですね。誠も、真も、多数の人間と付き合うような、タイプでは

ありません。今まではごく普通の友人でした。でも唇という微妙な部分に

関心を持ち、唇を重ねれば、二人は、普通の段階から、濃密な関係に進ん

だのです。もう後戻りはできません。

 

軽いキスに始まった接触は、このまま進めば、お互いの下宿なり、自宅な

りを互いに行き来する段階にまでに進んでいくのは当然です。胸の乳頭に

唇をつけたり、ペニスを咥えたりする本格的な絡みは、まだなのですが、

でも二人とも、もう我慢できない段階に来ています。どちらも助平で、元

気な男です。理性のタガがどこまで効くのか。それが問題です。

 

電話をしても、すぐには出ない。何が起こっているのか。大いに気になり

ます。何度も電話を掛けます。まもなく正式な相方になるかもしれない大

事な男です。誠は、とうとう痺れを切らして、相手の下宿に出かけました。

もしかすると、別れた彼氏がいるのかも
知れない危険な場所です。これが

最後になるかもしれないのです。最悪の結果を頭に置いて、出かけた誠で

した。

 

実際には、相手は疲れて寝ているだけでした。「二日酔いは、ほどほどに

してくれ。」真にそう言い放ちました。大変、不機嫌な誠でした。いつも

そばにいたい。

 

これが恋なのか。誠は自問自答します。胸が痛くなるこの気持ちは、一体

何なのか。傍にいたいのは、相手も同じなのか。そうであれば、同棲する

しかないはずです。相手に妻子がいれば、そんなことはできっこない。

「男同士の付き合いは難しい」と思いました。誠と真、二人のまことは、

きびしい状況に置かれているのでした。



                                                     続 く 








トップ アイコン目次へもどる    「投稿小説一覧」へもどる
inserted by FC2 system