ひとひらの


                                         あまね さん 



(11)元学長



現在八十九歳の広田は、杖を用心のために持っているが、一人で十分に歩

け車椅子を必要としない。

久しぶりに都心にあるホテルでの会合に出席した。

地方にある大学とは言え、学長まで勤め上げた大学の同窓会の年一回の会

合ではある。年一回の同窓会誌発行に関連して元の同僚、現役教授らと話

をして写真に収まるだけではあるが、今でもその会に出席することを楽し

みにしている。八十を超えれば同僚の出席も減ってしまい、今では広田が

一番の年上である。

自宅からわずか三十分ほどでホテルの玄関に到着すると教え子、と言って

も現役教授が迎えに来てくれている。

「先生、お寒い中ご苦労様です」

「元気そうだね、当り前か、まだ若いんだから。ここへ来るのを楽しみに

しているんだ」

「そうでしたね。足元にお気をつけて」

「ふん、分っている。年をとることはつらいね」

この地で一番の老舗ホテルの重厚さには慣れているとはいえ、いつ来ても

その雰囲気でこちらがしゃきっとなる。

従業員もここでのホテルマンであることに誇りを持って、暖かくそして余

裕を持って出迎えてくれる。

広田が学生時代にようやく創業したこのホテルは、当時から日本の国内外

からの有名な方も利用され、またこの地方の様々な重要なイベントにも利

用されてきた歴史に敬意を払いたくなる。ここを利用するものとして恥ず

かしくない者でありたいとも思っていた。

 

形だけの会合が終わって、他の者は殆ど帰ってしまった。

「先生、タクシーをお呼びしましょうか」

「まだいいよ、もう少しゆっくりここでしたいんだ」

「少しだけご一緒してもよろしいでしょうか」

「もちろん、君はいろいろ忙しいようだから適当に」

「分りました」

 

大学の近況などを話した後、呼んでくれたタクシーで自宅に向かった。

「運転手さん、ちょっと遠回りになるけれど大学をぐるりっと回ってくれ

ないか」

 

外から見れば大学は相変わらず昔のままのように見える。

東京都心の私立大学の高層ビルと比較すると、地方の大学はまだまだ前の

ままという印象が強い。これは広大なキャンパスを持っているからこその

話で、贅沢な話なのである。

 

広田はどこへ行っても一人になれないもどかしさを感じることがある。

今日の会合が終わってからも決して一人にしてくれはしない。

年がいっているからなおさらだ。

周りがこちらを偉い人として気を使ってくれることは仕方のないことだが、

やはり自分自身を取り戻したいと思っていることが分かっている人がいな

いような気がする。

 

まだ若く自由に歩ける頃のことが蘇る。

一人になりたい時は一人になれたという自由があった。

周りの目が届かない所へ行けた。

サウナで脂の乗り切った働き盛りの肉体を見るのが好きだった。

さらに若い時は自分が教えている学生と変わらない位の若者の裸に興奮し

たものだった。

肉体に恐る恐る触れたこともあったが、それが珍しくないサウナであるこ

とが分ると隠れて行くことがやめられなくなった。

妻に気付かれないように、また知った人に会わないかと心配しながら、そ

の地を避け東京で探し当て肉体を貪った。

 

現在は違う。

殆ど出来ない。

年がいっているから、学長までした偉い人だから性のことで悩んでいると

は思われていないのだろう。

ここまで話される同僚は亡くなっているし、一人悩んでしまうことが多い。

贅沢なことだろう。

健康でいることだけで十分だろう。

しかしながら人間の欲望は果てしない。

理屈ではない。

 

「あーっ、素晴らしい肉体が見たい」



                                            







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