ひとひらの


                                         あまね さん 



(12)「カムイ」が走る



もう六十を越した岩田にとって冬の間駅プラットホームでのお客様への案

内はやはりきつい。

冬の札幌の室内は暖かいというよりも、コートを着ていると暑いと感じる

くらい暖房が効き過ぎているが、駅のホームはそういうわけには行かない。

屋根はあっても風は吹き抜け、時には吹雪の日には雪がホームに積もる。

ロングコートを着てはいるが、寒い中を長時間ホームにいることはつらい。

 

 

「六番線に新千歳行きの快速電車が入ってきますので、黄色い線の内側に

下がってお待ちください」

「まもなく発車いたします。駆け込み乗車は大変危険ですのでおやめくだ

さい」

 

 

お客様の安全のための案内係として同じことを繰り返すだけのようではあ

るが、岩田はこの仕事、電車を相手にする仕事は好きである。

もちろん今の時代、仕事の好き嫌いなんか言っている時代ではないので再

雇用されて感謝するようにしている。

 

 

結婚をして子供を育てあげ、札幌市内ではあるが通勤時間一時間程のとこ

ろに建てた一戸建てのローンは、妻がパートを見つけて助けてくれたお陰

もあり何とか終えた。

40年以上も札幌駅近辺の駅を転々として定年を迎え、現在は再雇用され札

幌駅に勤めている。

国鉄からJRになるのも雇われる者として内側から見てきたし、もちろん札

幌駅が大きく変わっていくのを見続けてきた。

札幌駅が変わったことで忘れられないのは、何と言っても十年以上かかっ

て線路が高架になったことだろう。

 

 

1990年全面高架完成してからもう20年以上にもなる。

その間札幌駅は単なる駅だけに留まらず、この大都会札幌の商業的中心へ

と大きく進化した。

駅はデパート、ホテル、ショッピングモールの一部となり、駅を含むこの

辺りの再開発により大規模商業施設が集まり、さらに地下街が大きく伸び

た。

 

 

確かに街は美しく、大きく進化したがそれは競争の激化そのものでもあっ

た。

札幌駅ビル内と駅周辺はもはやミニ東京。

デパート、大型電気店、大型書店それぞれが競争に負けまいと必死になっ

ている。

JRと地下鉄の札幌駅の乗降客が多いといっても、ここまでいったら客の取

り合いだけと分かっていても競争は止まらなかった。

 

 

北海道生まれの岩田にとって、一番のショックは札幌駅前にあった北海道

の老舗デパート、我らが「五番館」がいとも簡単に倒れて買い上げられ、

現在はビル自体が取り壊されただの空き地になっていることである。

そこだけでなく、駅前の一等地に工事中の空き地が目立つ。

 

 

もはや北海道は、札幌は道産子のものではなくなったのかもしれない。

岩田のような年をいった道産子は再雇用という形でなお現場で働き、若い

連中は東京と同じ洋服を買い求め、かっこいいものを追いかけ、東京と同

じコーヒーショップでくつろぐ事をかっこいいと思っている。

 

 

岩田は大通り駅から札幌駅までは地上を歩くようにしている。

若い人が一杯の地下街を避ける。駅ビルでのショッピングも行かないよう

にしている。

高級品を扱う店を歩いているだけで恥ずかしくなる。

街中でラーメン屋を見るのも寂しくなった。客が入っていないラーメン屋

を見てはおれない。

休みの日には出来るだけ郊外に出るようにしている。

かっこいい物を追っかけるだけの自分の子を見るのが嫌だから、一人で若

い頃の北海道を見つけに一人でドライブするのが好きだ。

 

 

薄暗いプラットホームに絶え間なく人が溢れる。

休み時間まであと少しだ。

 

 

「すみません、この「カムイ」という電車に特急券いらないんですか」

どこから来たか知らないけれど、関西なまりで聞く同年代の一人の紳士然

とした人が、興奮気味に尋ねてくる。

「新千歳空港までの「スーパーカムイエアポート」で他の快速と一緒で乗

車券だけで乗れますよ」

「へー」

「ちょっと遅れていますので、時間の余裕がありませんよ」

その人は、席が空いているのかどうか電車内を見ながら前の方へ走り、ど

うやら空席を見つけたらしく乗り込んだ。

 

 

その人が羨ましいと思った。

初めて見たのか「カムイ」に興奮し、素直に驚きを顔に出していることが。

ただ走り続けることだけに夢中になっていて、忘れていたかもしれない感

動する気持ちを。

その人の後姿に、白髪に色気さえ感じた。

 

 

雪が降る白い世界に向かって走り始めた「カムイ」を見送りながら岩田は

小さく呟いた。

 

 

「ちょっと旅に出ようか」



                                         







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