愛しの寅さん


                                         ともしび さん 


その1


比呂司は65歳になる、ロマンスグレーの髪が似合う何処にでも転がって

居そうな親父だ。

 若い時から男が好きで、男の世界に飛び込んでから既に20年が過ぎて

いるが決して深入りをする事なく、常に目立たないようにして生きて来た

ので、誰が見ても平凡な親父にしか見えない。

 身長は170センチ、体重も67キロと決して太っている訳でもない。

若い時は新年会の後などにスーツを着たままスナックへ顔を出した時、マ

スターから「あんた銀行にでも勤めてるんじゃないの!」と言われた事も

ある。

確かに、生真面目な一面もあるので、時として気難しく感じられるのかも

知れない。

そんな比呂司ではあるが、何気なく覗いた老いのときめきに載っていた褌

姿の写真に魅せられてからはすっかり褌の虜になってしまい、定年になっ

たのを期にパンツから越中褌に替えてしまった。

定年になってから3年は嘱託として使ってもらっていたが、2年ほど前か

らは仕事を離れ、毎日自宅にいるようになった。

自宅にいてパソコンに向かう時間が多くなったが、一日中パソコンの前に

居るのも疲れるだけなので、心機一転マッサージの勉強をしてみようと思

い始め、電車で片道一時間の道のりを通うようになった。

そして、学校が休みの日はパソコンのキーを叩いては詩を書いたり、ネッ

トサーフィンをして手頃な男を探したりしているが、それに飽きると散歩

に出掛けては色々な人と話をしている。

本人も自覚しているが、目つきが鋭いのでどうしても相手にきつい感じを

与えてしまい、最初の頃は比呂司が声を掛けても誰一人として返事をする

人はいなかったが、いつしか立ち話をする相手も数人は出来た。

 そして、雨が降った時は自宅から車で一時間あまりの処にある日帰り温

泉へ出掛けては誰彼となく声を掛けては話をして一日を過ごすようになっ

ていた。

読書も好きなので時にはパソコンから離れて一日中本を読みふけっている

事もある。

インターネットを始めたのは、定年になって暇が出来てからなので、未だ

5年にもならないが、今では有料、無料を含め10近くのサイトに入って

いる。

インターネットを始めた頃は何も解らず、毎晩、色々なサイトを覗いてい

るだけだったが、軽い気持ちで入ったメールクラブの先輩にミクシーへ招

待してもらったのが切っ掛けで、益々インターネットの世界にのめり込ん

で行った。

そんなある日、比呂司のページに足跡を残したのが大阪でスナックをやっ

ている彼だった。

どんな人だろうと思って彼のページを覗いた処、何と、そこには比呂司の

知らない世界が広がっていた。

比呂司は元々男が大好きだったので、そんな事があってからは坂道を一気

に転げ落ちるように男の世界にのめり込んで行った。

その内に男の世界の仲間からサイトを紹介してもらい、益々自分の世界が

広がって行った。

そして、気づいた時には10あまりのサイトに首を突っ込んでいた。

男のサイトへ入った目的は何と言っても、自分好みの小父さんを探す事に

ある。

その為、毎晩のようにサイトを覗いては何処かに良い小父さんは居ないか

な、探すのが日課となった。

そんな比呂司ではあったが、身体の疼きに耐えられなくなると駒込や浅草

の24へ出掛けては手頃な男と寝て来るのだった。

地元では褌が手に入らないので、浅草の仲店で褌を買ったり、上野辺りの

美術館に海外から見たい絵画が来ているのを知ると、直ぐに飛んで行き、

時の経つのも忘れて絵画の世界の虜になっていた。

比呂司が男の世界に首を突っ込んでから久しいが、未だに地元で付き合っ

てくれる男と巡り会った事がない。

勿論、発展場がない訳でないので、気が向くと出掛けてはいるが、例え気

が合ってホテルへ行ってもその場限りで終わってしまい、二度と寝る事は

ない。

そんな訳で、何故か判らないがいつしか付き合う相手はいつもインターネ

ットで知り合った遠距離の男だけだった。

その為、幾ら好きになった男が居ても中々会う事が出来なくて、数ヶ月に

一度は男と寝る為に上京している。

秋風が吹き始め、そろそろ男の肌が恋しくなり始めたので、褌を買いなが

ら久しぶりに浅草へでも行って来ようと思い始めていた。

 そんなある日、サイトにある比呂司ページに一通のメールが舞い込んで

来た。

自分が過去に足跡を付けた訳でもないし、ましてや日記にコメントを入れ

た相手でもないので、一体誰なのかまったく判らなかった。

他の人のように用件が書いてある訳ではなく、「寅さん」と書いてあるだ

けなので、この人は一体何を言いたいのだろう?と思った。

それでもサイトのメールだから、何時ものように抱いて欲しいというメー

ルかも知れないと、ちょっと気が重かったが無視する訳にはいかないので

取り敢えず開いてみる事にした。

時として見知らぬ男から「タイプです寝てください」というメールが届く

事もあるが、それは、比呂司がタチだと書いているせいだと思う。

プロフィールの中に「好みのタイプはやせ形で小柄な70過ぎの方、白髪

頭なら何も言う事はありません」と書いてあるのにも関わらず、何故か

80キロ以上もある相手から寝てくれというメールが飛び込んだ事もある。

今回もそんなメールだろうと思っていたら、年齢が72歳と書いてあるだ

けでなく、小柄でやせ形の上に白髪頭だと書いてあった。

それを見ただけで、比呂司はすっかり舞い上がってしまったのだった。

「はじめまして、155-53-72の小柄中肉爺さんです。越中褌を愛

用しています。人肌を感じ合える事が好きです。距離的には少し離れてい

ますが、職業柄、腕や肩に無理が掛かるので毎日、五十肩の痛みに耐えな

がら仕事をしています。何とか楽になる方法など聞かせてもらえたり、直

接身体を施術してもらえる機会があればいいと思っています。又メール交

換もよろしくお願いします。」とこんなメールだった。

地元では中々良い男に巡り会えないので、時折、駒込へ出掛けては白髪頭

でやせ形の男を探しては寝ているが、ああいう場所はほんの一時の遊び相

手なら良いが、息の長い付き合いをする相手を探すのは無理な相談だった。

そこで、日頃からネットにある色々なサイトに首を突っ込んでは自分の好

みを探していたのだった。

今回、寅さんと名乗る男からメールを貰ったのは、入って未だ1年にもな

らないサイトなので他から比べるとかなり短い方だ。

それなのに、こんな嬉しくなるようなメールが飛び込んで来たので、すっ

かり舞い上がってしまったという訳だ。

メールを読んだ時、近くにこんな小父さんがいるんだと、正直驚いた。

それは、今まで幾ら探しても地元では中々良い男に会えなかったからだ。

それが、今、相手の方から自分に会いたいと言って来ているのだ。

然し、今まで何度も同じようなメールで騙された事もあり、迂闊に相手の

話に乗せられて後で後悔するのは嫌なので、取り敢えずメールの返事だけ

を送る事にした。

比呂司も40代になってから腰を痛めたり、肩こりで悩まされた事がある

ので、マッサージや鍼、そして整体などへは常に通っている。

そんな事が20年も続いているので少しマッサージの勉強をしてみたいと

思ったので学校に通っている。

その為、プロフイールに特技はマッサージだと書いたのでこの「寅さん」

はメールを寄越したのだろうと思って、自分の解る範囲での返事を書く事

にした。

「果たしてお役に立つかどうか判りませんが、取り敢えず五十肩について

書いてみます。五十肩というのは、加齢と使いすぎが原因で起こる肩の炎

症と私は考えています。私にマッサージをして欲しいとのご希望ですが、

それについてはもう少し考えさせて頂きたいと思います。痛みを和らげる

方法で、一番楽なのが、お風呂で肩を温める事です。ご自宅の場合は、風

呂の中にいすを沈めておへそから上が出るようにします。そうしておいて、

タオルを肩に乗せ、痛まない方の腕でタオルにお湯を掛けて温めます。そ

れを繰り返し、顔から汗が流れ出て来るまで続けていれば肩の痛みはかな

り楽になります。

顔から汗が流れて来るようになったら、いすを外して肩まで沈み、直ぐに

風呂から出て乾いたバスタオルで水気をしっかり拭き取り、直ぐに布団に

入ってください。半身浴をした翌日は気持ちよく目が覚める筈ですが、朝

になって痛みが出るようであれば、肩に何かを入れるか或いはベストを着

るなどして肩を冷やさない事です。あなたが何処で何をされているのか?

どんな方なのか?まったく判らない今はこれ以上の事は申し上げられませ

ん。今回のように突然!メールを頂き、お返事を書いてもなしのつぶてに

なってしまった例が多々ありますので、お目に掛かるとしてもお互いの事

がもう少し判った時点で考えたいと思います。」と、このような返事を送

った。



                                                     続 く 






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