風の谷


                                         参田三太(髭仙人) さん 

(1)


 満天の星々のような思い出の数々。すーっと現れて瞬間に消えた流れ

星のような清らかな思い出一つ。

 

 平成114月。仕事で岡山県高梁市の山あいの集落を訪れた。大学ま

で持つかつての備中城下町高梁市も中心部を外れるとうら淋しい過疎の

集落が谷間に点在している。作り手がなく、雑木林や草原に戻ってゆく

田畑に混じり、ゲシ(畑の畦)からして見事に刈りこまれた段々畑で、

もう
80歳は越えているだろう腰の曲がった老人が鍬を使っている。時折、

春の陽光が鋭く4枚刃の備中鍬にキラリと反射する。ザックザック土塊

(つちくれ)がひっくり返る音が聞こえて来そうだ。

 この山奥まで来た目的は、墓石の売込みである。予め電話で訪問の約

束はしているものの、成約からは程遠い会話しかしていない。ただ、電

話の主の老人の妙になつかしい訥々とした口調が気になっていた。別件

で近くに来たついでである。

 地図上のJ寺を目標に何とか目指す谷に至った。谷の入口に見るから

に由緒ありげな寺の山門が現れた。これがJ寺であろう。

 山門に至る参道の7,8本の桜が満開である。

 参道脇の畑で紺の作務衣に麦わら帽子のいでたちの初老の男が黙々と

鍬で土を耕している。鍬の使い方が少々覚束ない。あるいはご住職かも

しれない。種まきでもしているような、女の人と、中
学生くらいの少女。

奥さんとお嬢さんか。

 私は寺の駐車場に社用車を止め、声を張り上げてで社名を告げた。近

づいてきた奥さんに名刺を渡し、訪問先の家の場所を聞いた。鄙ではま

れな都会的顔立ちと所作、多分五十歳は出ている。

 山奥の草むら凛と咲き匂う白百合のようである。

「あそこの杉の木の間を真っ直ぐ行ったところです。母家は去年の台風

で潰れて、プレハブ小屋でお爺さんが一人で暮らしていますよ」

 方言なまりのないはっきりした口調からして奥さんは東京育ちか。(

て、昨年そんな大きな台風があったかしら?)

 駐車を乞うついでに「あとからお花見させてください」と言い足して

老人の家に向かった。


                                                     続 く 









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