風の谷


                                         参田三太(髭仙人) さん 

( 2 )


 杉林の小道を5分ほど歩くと、なるほど倒壊した家屋と、プレハブと

いうよりバラックの語がふさわしい小屋があり、小柄な
80年輩の野良着

姿の老人がペンチをもって柱と屋根を針金で一生懸命繋ぎとめている。

 いかにも、田舎の正直爺さんという雰囲気を漂わせている。

 挨拶をして来意を告げると、少し怪訝な表情が一変して人懐こくなっ

た。

「おう、電話をくれたT社のお方じゃの」

 私は声質が低く、老人相手のときは務めて方言丸出しにして、聞きよ

うによれば少々甘ったれた感じなので、相手方は一度の電話でずっと声

を覚えていてくれる。

「お一人で何もかもやりなさるんじゃなあ。大変ですなあ」

「・・・」ちょっと表情が湿った。

顧客予定リストと電話での会話で、ある程度のプライバシーは把握して

いるが、確認に入る。

「お子さんは?」

「男の子が二人じゃ」

「ちけえ(近い)とこに住んどられるんですか?」

「上は倉敷におる」

「それじゃあ、ちけいけん、再々戻れますなあ」

「孫が二人おって忙しいゆうてなかなか」

「下の方は?」

「どけえ(どこへ)おるんかわからん」

 飾るでもなく、愚痴るでもなく淡々と語ってくれる境遇は、今の日本

のどこの過疎地にもあるさびしいものである。墓石の売り込み電話とわ

かっていながら

「金はねえけどお寄りんせい」で締めくくられるわけだ。

倉敷に住む長男さんから

「倒れたボロ家やこう(など)放っといて早うこっちへけえ(来い)」

と言われ続けているかもしれない。老いた野うさぎに町のウサギ小屋に

入れと言うのは酷だ。

 強情に谷間にしがみつき、片付けも手つかづのままの壊れた家に朝な

夕なため息をつきながら、どうしようもない一冬をここで越えてきたの

だ。

 冬場に電話に出てきたとき、ストーブくらい焚いていたのだろうか。

 おそらくは、綿入れ半纏を2枚くらい重ねて、一人炬燵に丸まってい

たのであろう。いつも売り込みの電話に長々と付き合ってくれたのも納

得がいく。

「この谷は風の迷い道でのう。台風や春の嵐が迷いんだら、怒って暴れ

るんじゃ。杉の木は倒すは、家を潰すわでとんでもねえことになる。去

年迷い込んだ台風はのう。あっこ(あそこ)から・・・」

と指差す杉山を見ると、風神が暴走した跡がはっきり確認できる。

 杉の木が倒れたり、枝が折れている。

「谷を抜けるのにわしの家を通ったんじゃ」

 大きな風の玉になった風神が古家に体当たりする。

「どど、めりめり、ばしゃっ で 終わりじゃ」

「家の中にいたんですかな」

「まさか。昔から風が迷い込んだらあそこの氏神様の所へみんな逃げ込

む。あっこは、絶対風が通らん」

 指差す方向はハート型の窪んだような場所。こじんまりした社が見え

る。

 去年の台風では、たった一人、命からがら家から氏神様へ逃げ込んで、

自分の家が風神に潰されるのを見ていたのだ。 

「昔は、何軒もあったんでしょうな」

「ほおん・・・」

目をつむるようにして

「ほんの30年ほど前までは、こん谷にゃ10軒から上建っとった。まず、

あっこが、昭和39年のオリンピックの年。それから一番奥の、ほれ、

杉がうわっとる(植えられている)がまだ若かろう、わしんとこ(所)

の分家じゃったが昭和42年に出て行った。おんなじ(同じ)年にそこ

も・・・」

 老人の口から風の谷の集落の解体年譜が静かにうたわれてゆく。

 なんと哀しい歌。


                                                     続 く 









トップ アイコン目次へもどる    「男大好き・小説」へもどる
inserted by FC2 system