風の谷


                                         参田三太(髭仙人) さん 

( 3 )


「墓所(はかしょ)へ案内してつかあせえ」

 商売に切り替えた。

「すぐそこじゃ」

 老人はゆっくり荒れ果てた段々畑のあぜ道を登り始めた。道幅だけき

れいに草が刈られている。

「せいじゃけいど、金がねえんじゃ。金がねえ。金がねえんじゃ」

 呪文のように「金がねえんじゃ」をさびしげに繰り返す。亡者のよう

に一見ふらついて見えるが、足取りは確かだ。

3枚の畑を登りつめたところに二十近い石塔が品よく一列に並んでいる。

それより上は杉山である。墓所は丹念に手入れされていて草一本も無い。

 先ず、人間の頭より少し大きい楕円の河原石が三つ。それから安山岩

の石塔が続く。風化と苔で字も判読し難い。明治になってからのは花崗

岩製である。禅宗なのかそれぞれ戒名の上に○がついている。

「親の石塔もまだよう切っとらん」

 泣きそうなかすれ声。

「金がねえんじゃ。年金だけじゃのう・・・」

この世の住み家は風神に踏みにじられ、このままあの世へ行けば

「親の墓の石塔をよう切らずにどの面さげてここへ来た」

とご先祖一同に追い返されるかも知れない。この老人には、この世にも

ある世にも安らげる場所がないのだ。絶望的な気の毒さに初対面の私は

どう向き合えばいいのだ。

「二十万もあれば、りっぱな石塔が建ちますよ」

とつい気休めを言ってしまった。今の老人には二十万円の余裕もなさそ

うだし、あってもそんな大安売りの石塔を建てると代々の風格ある石塔

群の調和は破られて

「よくも大恥をかかせてくれたな」

とご先祖一同から、閻魔裁判所行きを命ぜられるかもしれない。

「おじさん、また来ますらあ」

私は居たたまれず、逃げ口上を出した。


                                                     続 く 









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