風の谷


                                         参田三太(髭仙人) さん 

( 4 )


 暗い気分になった私の目にあでやかな寺の桜が見えた。

(そうだ。花見だ)

 老人には申訳ないが、満開の桜で気分転換させてもらおう。忘れてし

まおう。

 住職夫婦はまだ畑で働いていた。

「お花見させて下さい」

 声をかけて、山門前の石段の最上段を陣取って腰を下ろした。参道の

六、七、八本。その脇の若木を加えて都合九本の満開の桜を独占して眺

め渡す。豪勢としかいいようがない。殿様気分である。

 もともと私は桜は好きでなかった。第一あのドンチャン騒ぎと酔っ払

いの横暴が嫌いである。夜桜の妖艶さも厚化粧の年増芸者のようで気味

が悪かった。

 しかし、不惑を過ぎるころから、遠くに見える山桜、それも松とか雑

木にポツリポツリ混じる雪洞のようなものなら満更でもないなと思うよ

うになってきた。そして、今日生れて初めて私なりに桜の美を完全に納

得できそうだ。

「そこはお殿様やお代官様の席ですよ」

「えっ?」

振り向くと、いつの間にかお茶とお菓子を載せたお盆を持った奥さん

が背後に立っていた。

そばで拝顔すれば、往年の宝塚出身の清純女優Y Kさんにも匹敵する

気品と美しさを持っている。

「このお寺は、奈良時代の開基で、江戸時代に曹洞宗に変わった、お代

官様の菩提寺でしたの・・・」

 一応の来歴をもの静かに語ってくれる。

 

「あのおじいさん、可哀想でしょう。いいお家にお生まれになったのに、

こちらに入婿で来られたの」

 戦中戦後の食糧難の時代、全国的に町住まいの次男、三男が農家の入

婿になった例が多い。国民の多数が、腹いっぱいの白米のご飯に飢えて

いた時代。食料を自給できたためお百姓の方が断然豊かであった時代。

昭和20年を挟んでわずか10年ほどではあったが。

(あっ)

 老人についての疑問が一気に氷解した。

(頑固に土地を離れないのは婿養子としての矜持と義務感のせいだ)


                                                     続 く 









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