風の谷


                                         参田三太(髭仙人) さん 

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「方丈さんは、三つの時からピアノを習い始めて、小学校のときのピア

ノ演奏全国コンクールでは二位になったかたですの。教職についてから

は生徒の合唱指導や伴奏で全国的に名の知れた方でした」

 そういわれて、桜並木の向こうに目を凝らすと、鍬を打つ住職の腰の

入れ方は百姓仕事に慣れ親しんできたものではない。

「何不自由なく育ってきたものですから、お金なんかには全く無頓着で

家計が苦しいとわかっている檀家さんからいただいた葬式や法事のお布

施はお返しする事もしばしばですの」すがやかな表情の中に誇らしげな

ところが少し見える。

「でも・・・寺の経営としては、お金が無くてご覧の通りですの。本堂

ですらあちこち雨漏りしますのよ。見るに見かねて檀家さんたちが一時

的に直しては下さいますが・・・」

(住職の責務として、本堂だけでも新築、改築の勧進しなければならな

いが、なかなかにしてままならない)

 私は心の中で奥さんの言葉を接いだ。

「檀家さんは何軒くらいですか」

「過疎化のせいで今は50軒ほどです」

「え、50軒」

 寺院の経営は、檀家数200~300軒が生計ラインと言われている。

それ以下の場合、別の余裕のある寺に事実上従属し手伝うか、他の職業

を兼ねないかぎり生計は成り立ちがたい。特に本山等への負担が大きい

地方の名刹、寺格の高い寺で檀家数が中途半端に少ない場合はやりくり

が大変である。例えば、戦国武将が自ら建立した寺でその一族以外は檀

家としてこなかった寺。

 何事も金。弘法大師ゆかりの四国遍路八十八箇所寺のうちの高野山を

本山とする寺は二桁に満たない。何を意味する?穿ちすぎだろうか。

 思えば、寺というのは明治維新の廃仏毀釈で多くの権限を取り上げら

れ、更に戦後の農地改革で所有田畑を奪われてきたのである。葬式仏教

に堕していて、戒名料が高いなど非難の矛先を向けられる事も多いが、

弁護の余地も無きにしも非ず。

 江戸時代には、現在の戸籍台帳は寺の人別帳であった。これは、キリ

スト教禁制のときから。この公務の代償としての意もあって寺の新築、

改築には富くじ(宝くじ)を発行できた。賭博開帳のお目こぼしもあっ

た。ご存知「寺銭」。寺社奉行は寺を保護する。寺子屋で子供達に読み

書きを教えて月謝をとってもよかった。

「田舎ですから食べるものは何とかなりますの。檀家さんが米や野菜を

下さいますし、畑の世話も手伝って下さいます」

おだやかな口調である。


                                                     続 く 









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