恋の鐘




                                         筑紫俊一郎 さん 



【 2.野遊び 】



 井坂は1か月に一度程度渡辺と愛し合った。しかし、井坂が忙しくなっ

たことと、渡辺からの連絡がなくなり、一年後位には自然に会う機会が少

なくなった。井坂は渡辺常務との経験は忘れられない。父親のように抱き

しめられた安らぎ、濃厚なキス、尺八の快感、そしてアナルに入れられた

時の精神的な満足と肉体的な快感を思い出す度に股間が熱くなる。渡辺に

逢えない切ない日々が続いた。電話をしようと思い電話しても、「忙しい

から・・・その内に連絡する」という言葉が返ってくる。休日は井坂には

子供がいないので、殆ど妻と行動を共にする。平日は何かと毎晩仕事で遅

くなる。時々インターネットで妻がお風呂に入っている時にゲイサイトを

覗くことがあるが、なかなか一歩を踏み出せない。

 妻とのSEXも疎遠になり、溝は深まるばかりである。妻は40歳を迎

えた頃から、更年期障害なのか苛立つことが多くなった。妻も職業婦人で

あるため、経済的には自立できる。そんな生活に終止符を打つように話し

合いの結果離婚することになった。

離婚した直後は真っ暗な家に帰って来て、味気なさを痛感した。しかし、

仕事の忙しさと独り身の気楽さに次第に慣れてきた。別れて3年。最近は

ゲイサイトを覗いては何とかゲイスナックにも行ってみたいと思うし、恋

人を作りたいと思う。休日に一緒に食事をしたり、一緒に旅行に行ったり、

週に一度位肌を合わせられる人が欲しくなる。でも、出会いを求めて投稿

する勇気はない。メールだけでどんな人か解らない人と肌を合わせるほど

この世界に慣れていない。溜まってくるといつも渡辺との行為を思い出し

ては欲望を弾き飛ばせていた。また男同士の恋にのめり込むことに躊躇す

る、スナックに行って、会社の人とか得意先にあったらどうしようとか親

戚に知れたらどうしようとかなかなか踏み切れない。

新年度が始まっての4月中旬、井坂は毎日通っている浜松町の隣の新橋に

はサラリーマン中心のゲイスナックがあることを調べた。何軒か調べて、

週末に夜の新橋に行った。烏森口に降り立つだけでドキドキする。目指す

「赤とんぼ」は直ぐに解かった。「会員制」とドアにプレートが貼られて

いる。“入ろうか?入るまいか?どんな人がいるのだろうか?店の人は女

装しているのかな?お客は女言葉で女性的なのだろうか?”と考えながら、

何度も入口を往復した。誰か通る人が去るまで入口を離れて、誰もいなく

なったら近づいた。もう、30分ほどウロウロしている。

“勇気を出して入ってみよう”と意を決してドアを開けた。

「いらっしゃいませ・・・」優しそうなマスターらしき初老の笑顔に迎え

られた。

お客が一斉にこちらを見て、何処に座ったら良いかと戸惑っていた。

「どうぞこちらにお座りください。」とお手拭きを出してくれた。

「初めてですよね。何を飲まれますか?」

「取りあえずビールをお願いします。」

ビールを飲むと少し落ち着いて来た。優しそうなマスター。お客は5人。

ペアで来ている二組は話に夢中になっている。お客は皆背広姿で、会社の

普通の社員のようである。

マスターが「お客様はいつもどちらに行かれているのですか?」

「私はこのような店には初めて入りました。インターネットで調べました

。」

「そうですか?皆、紳士の方ですから、どうぞリラックスして飲んで下さ

い。」

「ありがとうございます。」

「歌はお好きですか?」

「好きですが下手ですね。」

「落ち着いたら是非ご自由に歌って下さい。デンモクを置いておきます。

ペアの2組は得意の歌を歌っている。殆どの曲が新しい曲で井坂の知らな

い曲である。“皆さん本当に歌が上手いな”と思いながら聞いていた。

右隣の50代と思われる人が笑顔で話しかけてきた。身長は165cm位、体

重は
70㎏位とふくよかな笑顔で話しかけてくる。

「初めてですか?」

「はい。そうです。こうゆう店には初めて入りました。入るのは勇気が要

りました。」

「そうですよね。私も最初は勇気が必要でした。今は平気になりましたが

ね。最初は入れなくて何度も往復したものです。わははは」

「そうですか?私も実は何度も往復してやっと入れました。」

「お客さんはビールですか?若し良かったら私の焼酎を如何ですか?」

「ありがとうございます。ご馳走になります。」とマスターにグラスを貰

って焼酎を作ってくれた。

「私は小暮ですから、このお店は“こうちゃん”と呼ばれています。ここ

では本名を言う人は少ないですよ。」

「そうですか?それでは私は井坂ですから“いーさん”で良いですかね。」

「そうですね。“いーさん”とは良い響きですね。」

「こんな店が初めてと言っていましたが、今までは特定な人とお付き合い

していたのですか?」

「いいえ、この世界は30歳頃に経験しましたが、出会いの機会もなく、ず

っと抑えていました。でも、最近になって自分を解放してあげようかな?

と思っています。」

「そうなの?男の恋も素晴らしいものだし、自分を開放してあげるのも良

いかも知れませんね。私はこの世界は長いですが、お付き合いの中でいろ

いろ勉強させて頂きました。後悔していませんよ。余り真面目な話だけで

もつまらないでしょうから、歌でも歌いますか?」

「そうですね。こーちゃん!仕事と社会とこの世界の両立の仕方をその内

に教えて下さい。」

「良いですよ。いーさんの都合の良い時に何時でもOKです。何を歌いま

すか?」

「私のあこがれの曲、“おまえに”を歌います。そんな人が欲しいのです

よ。」

井坂はしんみりと歌った。隣で小暮は井坂の太腿に手を置いて聞き惚れて

いた。終わるとマスターが「お客さん!お上手ですね。それに声もよいし

・・・。私が傍に居てあげたくなりますよ」と褒めてくれた。小暮も「お

上手ですね。しんみりと聞かせて頂きました」と言った。

小暮も古い曲で「赤いグラス」を歌った。井坂が隣で手を握って来た。そ

の後2時間位いろいろ話をした。

「いーさん!そろそろ11時ですよ。帰りましょうか?」

「本当ですね。そろそろ帰りましょう!」と言って箸袋に書いた電話番号

を小暮に渡した。小暮はそっとポケットにしまった。

「いーさん!駅はどちらですか?私は新橋だから、良かったらご一緒しま

しょうか?」

「私も新橋です。是非お願いします。」

「マスター!お愛想をお願いします。」と言うと井坂も「私のもお願いし

ます。」「今日はありがとうございました。また近い内にお見えになって

下さいね。」

「ありがとうございます。近い内にまた来ます。ありがとうございました

。」と小暮と共に赤とんぼを後にした。

「いーさん!今日はありがとうございました。お蔭さまで楽しい一夜にな

りました。」

「私こそありがとうございました。こーちゃんが居なかったら、私はどの

ように飲んだら良いのか解らなかったですよ。」

「これから電車に乗ったら携帯からワンギリします。私の携帯も登録して

下さい。近い内にお会いしたいですね。

「私も逢いたいです。こーちゃんと話していて本当に楽しかったです。」

新橋駅で二人は品川行の3番ホームと上野行の2番ホームへと別れた。小

暮は3番ホームに着くと直ぐに携帯で井坂に掛けて山手線に乗り込んだ。

電車に座ると「いーさん!今日はありがとうございました。近い内に是非

逢いたいです。」とすぐにショートメールした。

“こちらこそありがとうございました。土日なら何時でも大丈夫です。楽

しみにしています。”

“明日の土曜日も明後日の日曜日も私は空いています。いーさんが空いて

いたなら逢いたいですね”

“出来たら明後日の日曜日は如何ですか?何時にどこに行けば良いですか

?”

“上野の中央改札の翼の像の前に10:30頃如何でしょうか?”

“OKです。楽しみにしています。”

小暮は荻窪に、井坂は柏へと帰って行った。

 小暮はずっと荻窪に住んでいた。29歳に妻を娶って一男・一女に恵ま

れた。その息子も結婚し、娘は神奈川に嫁いだ。父母も看取って今は悠々

自適である。妻は毎日趣味の日本画の友と絵を描いたり、旅に出たりして

いるので何をするのも自由である。

 男の世界を知ったのは学生時代であった。ゼミの教授から誘われたのが

3年の終わりの頃、卒業するまで1年間続いた。就職してからは自然にス

ナックにも行くようになった。そこで知り合った人と2・3人お付き合い

した。いずれも長いお付き合いだった。お付き合いした人のお蔭でいろい

ろ社会勉強をさせて頂いた。女ではそんなことは望むことは出来ない。



                                                  続 く 









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