魔 王




                                    栗花落(つゆり) さん 



第一部 第二話



   逃げたあいつに未練はあるが、おちんちん欲しがるこいつも可愛い

   オネエ言葉は苦手な俺だが、黙っていればこいつも男

   パンツ脱がせば、ちんころりん。

 

   どこか似ているお前とドゥテルテ、吸ってほしいか不憫な粗チン

   赤いべべなど着られちゃ困るが、聞かせておくれよがり泣き

   股ぐら抱えて、ちんぺろりん

 

千鶴子に逃げられたおれを揶揄しているのではない。八木のだみ声で歌えるのはこ

の歌っきりなのだ。節の切れ目に、「お下劣!」とか「止めれ、アッポー!」など

と酔客の半畳が入るが、八木はこの店でも好かれていないらしく野次る声に温かみ

がない。この男はいわゆる「汚れ」を好む。ずんぐりして「臭そうな」浮浪者を家

に連れ込んで、「うまいもんを食わせ」、酒を飲ませてへべれけにしたあと、「け

つの穴までねぶって可愛がる」のだそうだ。「あいつらのばばだらけのパンツの中

に籠った、鮒ずしとか、くさやの干物みたいな臭いがたまらんのや」と語るのを聞

いて、おれは吐き気を覚えたものだ。こんな八木の風景画にも結構ファンがいるか

ら、世の中不思議だ。「静謐そのものだ、宗教画に近い」と客におだてられ、八木

は塩らしく「恐れ入ります、雑念をきれいさっぱり捨て去った禅の境地でおます」

とか応じていたが、騙されてはいけない、あの亀田三兄弟と同じ天下茶屋に育った

だけに、八木の関心事は禅ではなくて銭、顔料の虚飾の下ではあらゆる欲望が悪臭

を放ちながら、出口を求めてのたうっているのだ。

 

一曲歌って気が済んだのか、ビール瓶片手にテーブル席に戻ってくると、八木はお

れに酒を注ごうとする。だがこの前のことがあるので、おれはこの手の店では飲ま

ない。今日も大事な頼み事がある、静かな場所を選んだという話だったが、入って

みると似たようなバーだ。八木は旨そうにグラスを空けながら、こちらの反応をう

かがっている。鶏ガラのように痩せたこの男が首を捩じって人をねめつける様子は、

獲物を物色する蟷螂を連想させ、滑稽というよりむしろ不気味だ。「あのなあ、わ

しの友達の友達が・・・」「それがアルカイダ?」「それはナイワイナ!偉いお医

者さんやが、身元の確かなお父さんを捜したはんのや」「お父さんを?」おれをム

ーミンパパと呼んで抱きついてきたあの白豚を思い出し、思わず顔をしかめると、

八木は慌てて「これはちんぽのなにと違うのや」と、妙にわかりやすい断りを入れ、

長々と説明しだした。要約するとこういうことらしい。この名医の患者の中に、斯

界では将来を嘱望された人材がいる。二年前この人に鬱病が出た。幼年時代に被っ

た何かのトラウマが原因らしい。そこで代理父と接触する機会を作ったところ、症

状は劇的に好転した。ところが、最近父親役の大学教授が交通事故で急死したとい

うのだ。その種のセラピーのことはおれも聞いた覚えがある。だがあの酒鬼薔薇聖

斗はどうだ。代理父と代理母をあてがい、理想的な環境で「育て直」したにもかか

わらず、人格改造の実験はもののみごとに失敗したではないか。おれが渋っている

と見たのか、八木は謝礼などの条件を伝えたのち、「わしゃ面識はない。けど、ほ

んまに人柄のええ綺麗な子らしいで」と付け加えた。それを聞いて心が動いたのは

確かだ。じっくり考えてみたいと伝えると、八木はいそいそとカウンターに戻り、

おれも席を立つ。

ウギャーという野太い叫びが上がった。雑巾を裂くような悲鳴とは、こういうのを

指すのだろうか。八木がカウンターに座った誰かの股間を握ったのだ。「こらあ、

画伯!あんたはいつまで悪ガキだい!いいかげんに――サラセン帝国!」とマスタ

ーが親父ギャグを飛ばすと、しきりに指の匂いを嗅いでいた八木はすかさず、「帝

国主義反対!ちんぽの、ちんぽによる、ちんぽのための共和国万歳!」と吠える。

どっと沸いた笑いを背に、おれは店を出た。



                                                  続 く 









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