魔 王




                                    栗花落(つゆり) さん 



第一部 第七話


「風間氏のメモ」その二



「幼児と大人の間を行き来するとき大伴くんが必ず入眠という過程を潜

(くぐ)るのは、頭脳がその都度大量のエネルギーを要するためかもしれ

ません。それはさておき、彼の最初の「子供返り」に偶然立ちあったこと

から、わたしも久しぶりに精神病理学の関係書を再読してみました。大伴

くんがまだ幼児だった頃、生木を裂くようにして父親から引き離されたこ

と、しかもその別離には暴力が黒い影を落としていることに、疑いの余地

はありません。そしてそれをきっかけに、幼い子供の心の底で生存をかけ

た戦略であるあの「解離」という現象が起こったはずだと、いまわたしは

確信しています。わたしたちが不幸にして胸の張り裂けそうなほど辛い体

験を抱え込んでしまった時、その体験の重圧に押し潰されてしまうことが

ないよう、記憶装置の履歴からその部分を隔離し、わたしたちの内面から

放逐する操作が無意識のうちに果たされるといいます。専門家が「解離」

と呼ぶ、自己防衛のメカニズムが発動するのです。ところが堪えがたい体

験は封印されて意識の世界から追放されたはずのところ、実は意識下で密

かに生きのび、ある時期不意に治癒と救済を求め、時には重篤な神経症を

誘発するという解釈は、フロイト以降心理学の世界では覆しがたい定説に

なっております。わたしのような門外漢でも、俗流化された形でこの理論

に接する機会を幾度か得てきました。

 

大伴くんはわたしの持つ何かに誘発されて、「子供返り」を経験しました。

幼児淳之はパパとの再会を果たし、空白だった幼児期をいま代理父たるわ

たしと交情を深めながら少しずつ取り戻しているところです。それに伴い、

鬱病も治癒の方向に向かいました。ところが成人大伴は、そのことには何

の関心も払いません。彼の意識の中、父親はそもそも居場所を持たないか

のようです。むろん成人大伴と幼児淳之が同一人物であるかぎり、それぞ

れの思惟は無意識の領域において地下茎で結ばれているのでしょう。しか

しながら、両者の意識が目下のところ完全に分断されている限り、大伴く

んは「二重人格」を経て「多重人格」に至る、治療の難しい隘路に迷い込

んでしまったと考えざるをえません。そのことがいまわたしの心に重くの

しかかっているのです。

 

幼児に戻り、代理父との接触を重ねるたびに心の空隙が満たされていき、

「幼児体験」が過飽和の域に達したある日、大伴くんが「子供返り」をす

んなり卒業することになれば、父親との和解も成立したことになります。

その時には二重人格などの難問は雲散霧消するでしょう。残念ながら、素

人判断ではありますが、それはたいそう難しいように思えます。なぜなら

大伴くんと父親の間には、暴力というアポリアが介在しているからです。

幼児淳之が示す父性への渇望は、父親に償いを求める衝動の激しさと、彼

が被ったトラウマの深さを示唆しています。残念ながらその償いは、おそ

らく果たされることがないでしょう。

 

彼が一時父親の、あるいは父親と関係する人物の激しく理不尽な暴力に晒

されていたかもしれないと考えるだけで、わたしは狂おしい気分に陥りま

す。個々の人間が胸中に秘めている暴力の小さな芽は、強者たちの独善的

な原理が社会的に公認されるとき、組織的・集団的暴力という毒々しい花

を咲かせます。こうして人間社会はたびたび幼いもの、弱いものを残酷な

暴力の犠牲に供してきました。古代中東の世界では台座に火を焚き赤々と

灼熱するモロク神の銅像の両腕に、生贄として選ばれた幼児を抱かせたの

です。司祭らが楽器を激しく打ち鳴らし呪文を唱えて、泣き叫ぶ子供の声

を、断末魔の悲鳴をかき消したといいます。日本でも北国に伝わる牧歌的

な「ざしきわらし」の伝説が、子供を人柱に用いてきたあの地の蛮風の名

残りにほかならないと熊楠が指摘しているのを知ってから、わたしの陸奥

(みちのく)観は大きく変わりました。花梨(かりん)や林檎の香りを孕

んだ透明な風が吹きわたり、月の光を浴びながら熊の母子が慈愛に満ちた

対話を繰り広げる、賢治のあの芳醇なポエジーの故郷は、無知と因習のは

びこる野蛮な鄙(ひな)でもあったのです。

 

それでもわたしは大伴くんの快癒を目して、この先できる限りのことを果

たす所存です。なぜならわたしはこの青年を心底愛しているからです。お

よそ半年前東欧語を学ぶためにわたしの門を叩いた時から、彼はわたしを

魅了しつづけました。性を同じくする者に恋情を抱くのは、これが初めて

のことです。頭脳は明晰、容姿に気品があり、性格も温厚、これだけの好

青年はなかなかに得難い存在です。あの嵐の夕べ、雷に怯えて彼が夢中で

しがみついてきたとき、平静を演じながらわたしの胸は激しく高鳴りまし

た。瑞々しい彼の肌に、薔薇の蕾のような柔らかい唇に口を押し当てたい

という衝動に抗うことができず、わたしの胸元にもたれてきたほの白い顔

を掌で押し上げて唇に吸いつこうとしたその瞬間、彼の口から鋭い歯ぎし

りの音が漏れました。閉じた瞼の下では眼球が動いたようです。不安を覚

え指で瞼を少し開いてみると、彼は失神して白目を剥いておりました。慌

てて抱擁を解き、そっと彼をソファの上に横たえたのでした。

 

 今、鮎川教授のご指導を賜りながら、わたしは二週に一度の語学のレッ

スンのあと、「子供返り」をした大伴くんと親子になって戯れています。

わたしを父と見て甘えたしぐさを示すときなど、わたしの肉体は七十二歳

というおのれの年輪を忘れ、激しい反応を示します。幼児時代の不運が災

いして、この先大きな不幸に見舞われることになるかもしれないこの子を、

わたしは守り、愛し、喜ばせてやりたいのです。老いた肉体に残されてい

る力の限りを尽くし、この子のふくよかな白い肌が紅潮して、わたしの接

吻で濡れた唇が甘い喜悦の声を漏らし、御所人形のような童顔が今にも蕩

(とろ)けそうな恍惚の表情を浮かべるのを見つめながら、わたしは果て

たいのです。もしもこの邪な恋が叶えられるものなら、わたしはこの命を

投げ出しても悔いることがないでしょう。

 とはいえ、残念ながら彼が求愛する対象はわたしではありません。わたし

の背後にいる彼の父親なのです。わたしはただの霊媒に過ぎないことを、

決して忘れてはなりますまい。それを忘れたとき、恐ろしく不幸なことが

起こりそうな気がしてなりません・・・」

 

 この手記はおそらく風間氏の絶筆だったのだろう。きっと最後まで目を

通さないまま、遺族は大伴淳之に関わる一つの記録として鮎川教授にこの

手記を提供し、教授は警告を発するつもりでおれにこれを読ませようとし

たのかもしれない。おれは最後の数行に赤鉛筆で二重の線を施した。

 

『魔王』第一部完了

 



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