冥王星の夜


                                         佐良双樹 さん 




(10)観音の歌



 こうしてあの時の事を思い出していると幽かだった記憶が少しずつ甦っ

ては消え、また甦っては暗い森の上に光る小さな星に吸い込まれるように

消えて行きます。その度ごとに星は明滅を繰り返すのです。あれは確かに

現実だったのでしょうか。ああ、またあの時の情景が浮かんできます。

 

 私は男を横向きに変え、胸から腹へと汗を拭ってやります。シーツは男

の汗で濡れていました。密着を緩め背中の汗も拭ってやりました。自分の

体にもタオルを当てます。そうしただけで爽やかな風が生まれ、草原の真

っただ中に寝転んでいるようで、新たな息吹が満ちてくるのでした。

 窓の外にはひとつの星がこちらを窺っています。その星は位置を変えず、

ずっと同じ場所でした。私が男の腰に力を加えて膝立ちを促し、その高く

なった双丘の間を突くと鵯の鳴き声にも似た甲高い声が響くのですが、そ

の響きに合わせて星もまた明滅するのです。甲高い声は突かれる場所が変

って生まれる新たな衝撃が男の管を伝ってその先端から漏れる音だったの

ですが、それは空気が狭い出口を一気に抜ける時のあの張り詰めたような

音でした。そうして私は、二人を繋ぐ宝珠を男の体に収めたまま男の足の

間に自分の足を伸ばし、男を抱えて静かに後ろに倒れていきました。天指

す宝珠杵に中心を貫かれ、男はそのあと暫く浮遊術の体得者のようにゆら

ゆらと揺れていましたが、私は朧のようなその形を見ながら眠りに落ちた

ようでした。

 

 

 坊や、坊や、私の坊や

 私の中で遊んでおいで

 

 

 どこからともなく歌声が聞こえます。その時、男の白い背中は歪んでいました。歪ん

だ男は盛んに揺れ、宝珠に熱い粘液をかけて藻掻いています。朧は中心を射抜かれ

ているのではなく自ら銜え込んで弄んでいたのです。私はあらがうこともできず、ただ

ぼんやりと右に揺れ左にうねる男の背中を眺めていました。そうしていても一点に集

められた温もりは、茫々とした平原のただ一ヶ所のオアシスのようで、特別な場所で

あることは分かりました。私はそこを動きたくはなかったのです。

 

 

 坊や、坊や、私の坊や

 もっと私の中にお入り

 

 

 また歌声が聞こえてきます。そして男の白い背中は更に歪んで見えまし

た。そのうちにその背中が次第に膨らんで、その上の顔がゆっくりと振り

向きつつあることに気づいたのです。瞬間、私に恐怖が走りました。それ

は振り返る顔が墓から這い出してきた死人のものであることを確信したか

らです。しかし私にはそれを避ける術はありませんでした。次の瞬間を恐

怖に晒されながら鼓動を止めて待つ他はなかったのです。

 

 

 坊や、坊や、私の坊や

 私の中で眠っておいで

 

 

 また歌声が聞こえます。その歌声は振り向いた麗しい口元から出ていま

した。死人ではなかったのです。明らかに観音菩薩でした。後光が輝いて

います。流れるように滑らかな輪郭の中に慈愛を湛えた優しい眼差しがあ

りました。そしてピンクに光る小さな唇を僅かに動かして歌っていたので

す。その美しさに呆然とした私は上に乗る腰が未だにむこう向きのままで

あることを不思議にも思わなかったのです。その間も天指す宝珠杵は以前

にも増した熱いシャワーを浴びていました。

 

       

 

 その観音菩薩の体は次第に膨れ眼前に迫ってきます。額が、鼻が、そし

て唇と顎とが包まれていきます。最後に全身が包み込まれてしまったので

すが、私に息苦しさはありませんでした。ただ静かで、ただ平穏で、白一

色の満ち足りた世界でした。私は観音の歌を遠くに聞きながらその中に浸

っていました。そしてまた眠りに落ちたのです。

 

 

 坊や、坊や、私の坊や

 お前の全てを私におくれ

 坊や、坊や、私の坊や

 お前の全てを私におくれ

 

 お前の全てを私におくれ



                                                最終回へ続く 


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