冥王星の夜


                                         佐良双樹 さん 




(11)回廊の窓 (最終回)



 あれは夢だったのでしょうか。しかし私の手元にはあの時病院で渡され

た男の名刺があります。さらに、連絡もせずにいた頃に届いた男からの手

紙もあります。それは確かあの日から半年が過ぎた頃のものでした。

 

              

 

―男の手紙―

(一部省略)

 実は私には、本来は女に生まれる筈だったのではと思うことが若い頃か

らあったのですが、実際は陰茎も睾丸もあって女らしいものは何もなく、

そう考えてしまう自分が不思議だったのです。ですからそう思う自分を慰

めるために、人に隠れて自らの肛門を嬲る他はなかったのです。それも当

初は、何時来るかもしれないその日のための準備のつもりでした。その種

の道具を使って肛門を慣れさせていたのです。本来から言えば、ただ慣れ

させることが目的だったのですが、それを重ねる内に絶頂に達してしまう

ようになっていたのです。それを知ってからは本来の目的を忘れ、快楽を

求めてそうするようになったのですが、ただそうしても、記憶が無くなる

ということは今まで一度もありませんでした。あの時のあなたの言葉を聞

いて実は私も驚いているのです。あの時、私が経験したことは本当に現実

だったのだろうかと思うことが良くあります。現実であったのか、はたま

た夢であったのか、記憶が曖昧になるほどあの時の快感は私自身をも忘れ

させたのです。それが何故だったのかあなたの言葉でわかったのです。「

女のようでしたよ」というあなたの言葉で。

 

 人が男と女とに分かれる要因とは一体何なのでしょう。生物の世界では

雌雄同体のものもいますし、牡になったり雌になったりする生き物もいま

す。また雌だけで繁殖するものも、牡だけで個体を増やすものもいます。

人間とて長い年月をかけ進化して来た生き物の一種に過ぎません。その人

間ですから、進化の過程でその都度獲得した特性、今は使われず無用とな

った性質がどこかに残っていたとしても不思議ではないのかもしれません。

誕生の瞬間の僅かな襷のかけ違いで、牡となるべき卵がそのどこかに雌の

特徴を残したまま成長したとしても、それは有り得ないことではありませ

ん。不思議ではないと思います。私は肉体的には何も女のものを持っては

いませんが精神が疼くのです。あなたのペニスが私の体に入ると、その事

実だけで私の精神が崩れるのです。しかしその崩れた精神が表に出てこよ

うとは思いもしませんでした。

 

 私はあの日、実は東京にある発展場と言われる所へ行こうとしていたの

です。ですからそれなりの用意も準備もしていました。それが私のその日

だったのです。偽物ではない本物で私はどうなるのか、それを確かめたか

ったのです。ただそんなところへ行ったことはありませんから、不安はあ

りました。しかし私が長い間考えて来たことですから躊躇いはなかったの

です。そんな時にあなたに出会ったのです。そう考えていた私ですから、

あなたの態度にすぐ気付きました。私は発展場ではなくあなたを選んだの

です。それは正解でした。あなたは私にとって長い間考えてきた理想の男

性だったからです。不思議なものです。
55年生きて来て誰にも出会わなっ

た私がその日にあなたに出会うとは。なんとも不思議でなりません。神の

思し召しでしょうか。
55年間耐えてきた私への恵みでしょうか。そんな風

にも考えてしまいます。

 しかし私はこれを公にすることはできません。妻も子もいます。仕事も

あります。あなたは高校の教師と仰ったと思いますが、私は養護学校の校

長をしています。この仕事は実は私には合っているのです。それを捨てる

ことはできないのです。

 

 最近あなたとの一夜が遠い日のことのように思い出されます。霞んだ風

景の中に浮かんでくるのです。私はこうして老いていくのかもしれません。

しかし定年を迎え時間ができた時、今度は私があなたの前に突然現れあな

たを驚かす、こんなことを考えたりもするのです。

 

 最後にこれを書くべきかどうか迷いました。半年もたった今こうして手

紙を書いているのはその迷いがあったからです。

 あの明け方のことです。最後、私の上になったあなたが突然岩のように

重たくなったのです。私は急変を察知しました。急いで心臓マッサージを

し救急車を呼んだのです。仕事柄心臓マッサージの方法は知っていました。

確かにあの時あなたの心臓は止まったのです。私はどうしても戻らなけれ

ばならぬ用があったため、心配ではあったのですが、先生に名刺をお渡し

して何かがあったら知らせてくれるようお願いし、やむなく病院を後にし

たのです。しかし病院からの連絡はなく、翌日私が電話するとあなたは何

事もなかったかのように退院されたとのことでした。

 あの時、病院を去る際に振り返って見上げた建物の窓からこちらを見て

いた人があったことを覚えています。もちろんあなたとは思いもしません

でしたが、今ふと、あなただったのではと思うことがあります。

 

  豊受の神にはあらねど春ならば

        にほふがごとく今咲くらむを

 

 幸せに、健やかにお過ごしください。仕事にお励みください。

 

                              (完)

 

******************************

参考1)青丹よし寧楽のみやこは咲く花のにほふがごとく今盛りなり:『

万葉集』小野老(おののおゆ)

参考2)豊受大神(とようけのおおかみ):イザナギ神の孫で五穀をつか

さどる神。『古事記』では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、『日本

書紀』では倉稲魂命(うかのみたまのみこと)と表記され、伊勢神宮の外

宮に祀られる。

 「ウケ」は「ウカ」と同源で、穀物・食物を意味する。両書とも性別の

明確な記述はないが、古くから女神とされてきた。とようけびめのかみ、

とようけのかみ、とゆけのおおかみ、とも言われる。








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